〈仕事のビタミン〉外村仁・エバーノートKK会長:15

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外村仁(ほかむら・ひとし)1963年生まれ。東大卒業後、米大手コンサルティング会社に入社。その後、アップルコンピューター・ジャパンに転じ、マーケティングなどを担当。スイス国際経営大学院のMBAを取得し、シリコンバレーで複数の会社を立ち上げる。10年6月から、エバーノート日本法人会長。河合博司撮影

■過去を覚えすぎている自分を反省

 ここしばらくのシリコンバレーの大きな話題は、一つはFacebook(フェイスブック)がとうとう米証券取引委員会に上場申請したことと、アップルが過去最高の記録的な売り上げと利益を上げたことではなかったでしょうか。

 これまでも幾多の買収の誘いを断ってきたフェイスブックがとうとう上場を決意し、その調達額はグーグルを抜き、史上最高の大型上場になると言われています。上場後の企業価値は約8兆円と想定されています。

 円高のせいで、円で表示すると若干ドルでの実感より少なめに感じますが、それにしても日本でいうと、トヨタの時価総額が約11兆円、NTTドコモ約6兆円ですので、まだサービス開始して8年あまりの会社の時価総額としては、ただただ想像を絶する規模であるというしかありません。

◆恐ろしいくらい好調なアップル

 他方、アップルは、昨年10月から12月の四半期の業績結果ですが、スティーブ・ジョブズ氏が亡くなる前日に発表されたiPhone 4Sが販売開始されてから初めての四半期となります。強力な新製品があったとはいえ、それにしても昨年同期と比べて、売り上げも利益も倍になっているというは恐ろしいくらいの好調さです。

 この3カ月だけの純利益が、日本円にして1兆円。いつのまにか化け物のような会社になってしまいました。市場もそれを好感して株価も伸び、とうとう先日初めて500ドルの大台を超えてこれも話題になりました。アメリカの主要銘柄の中で500ドルを超す株価をつけている会社は、グーグルや外科手術ロボットをつくっているインテュイティブ・サージカルなどほんの数社しかありません。

 アナリストの中には、アップルの株価は次は600ドルと予想する人も現れ、もうすぐグーグルを抜くと言う人も出てきました。

 アップルの時価総額は全米一。約36兆円です。この数字には驚きと敬意が同時に入り乱れて報道され、米国の連邦準備制度で持つお金より多いとか、1社だけでスウェーデンの国内総生産(GDP)より大きいとか、いろんな比較がされました。

 株価が13ドルまで下落し、必死に身売り先を探していたころのアップルを知っている私にとっては、この一連の数字は同じ会社のデータとはまったく思えない、桁違いなとんでもない数字です。が、他方、あんなにマイナーだったアップルの製品が、職場でも学校でもやたら見かける現実を見て、時代が変わったのだと納得するしかありません。

 その絶好調のアップルは、UFOが着陸したようなこれも極めて斬新な形をした新本社ビルを現在の本社の近くに斬新なコンセプトで建築中です(その形から、iSpaceshipというあだ名で呼ばれています)。もともと、ヒューレット・パッカードのビルが複数あったエリアを買収し、一度更地にした場所です(もしご興味のある方は、お手元のパソコンやスマートフォンで「apple campus 2」という文字で検索して頂くと、クパチーノ市のサイトに掲載されている宇宙船のような完成予想図や、敷地の詳細な設計図を見ることができます)。

◆20年間で主役は様変わり

 フェイスブックも新オフィスに引っ越しました。こちらは、新たにビルを建てたりせず、元はサン・マイクロシステムズがあったオフィスに入りました。

 グーグルの本社ビルは、シリコン・グラフィックスの元本社ビルを使っています。今でも、メーンの建物を外からみると、シリコン・グラフィックスのカンパニーカラーであった紫色が建物の一部に残っています。

 1990年ごろにキラ星のように輝いていた、斬新で高速処理が売り物だった二つのコンピューターハード会社。それが、いつのまにか元気がなくなり、その社屋は今、歴史上1位と2位の資金調達をした新興会社の本社として使われている。またシリコンバレーの輪廻(りんね)転生をみるようで感慨深いです。この20年で主役は大きく入れ替わったのです。

 こんな話をしていると、時々シリコンバレーのエンジニアに「お前は昔のことをよく思い出すな」と言われてハッとすることがありました。私は日本で教育を受けたこともあり、やはり正確に長い間記憶していることを大事にする傾向があります。それは一概に悪いことではないですが、シリコンバレーで生きていくためには、「脳力」の配分を再度考える必要があると思うことがあります。

 振り返れば、過去の連載でたった10年前は全く違う分野にいた2社、コンピューターのメーカーのアップル社と、オンラインの本屋さんのアマゾン社が、売り上げを拡大しつつ自己変革し、全く新しいビジネスを立ち上げることができたのはなぜか、と考えました。

 私は「過去をいかに上手に忘れられるか」というところで両方くくれると感じています。覚えているのが「絶対的にいいこと」と教えられ育った自分には、「忘れろ」というのはなかなかもったいない気がすることなのですが、あえて忘れた方がいいというのは理由があるのです。

 次回に続きます。

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