〈仕事のビタミン〉外村仁・エバーノートKK会長2

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外村仁(ほかむら・ひとし)1963年生まれ。東大卒業後、米大手コンサルティング会社に入社。その後、アップルコンピューター・ジャパンに転じ、マーケティングなどを担当。スイス国際経営大学院のMBAを取得し、シリコンバレーで複数の会社を立ち上げる。10年6月から、エバーノート日本法人会長。河合博司撮影

■Network and Give and take

 「日本と比べてシリコンバレーではこれが大事、と思うことを3つ挙げてください」といった質問を、この10数年の間、日本のマスコミの方、また政府や企業の方から何度となく頂きました。

 シリコンバレーに関するほとんどの質問に対する答えは、時間がたち、自分の経験が増えるにつれ、徐々に変化してきましたが、この質問に限っては、私からの答えは長い間変わりません。

 まず、最も大事なものは「1、ネットワーク」と始め、その理由を簡単に説明し、そして、「2、ネットワーク」「3、ネットワーク」と続きます(笑)。

 もう「お約束」の答えになってしまっていますが、日本の方に向けてそこまで強調するくらい、この人的ネットワークは大事だと思うに至りました。

 私が自分の人生を振り返って幸運だったなと思うのは、若い頃に「人脈が欲しい」という具体的、直接的な欲望はなく、他方、面白い人や尊敬できる人に仲良くしてほしい、そういう人から良い影響を受けたい、という欲望は比較的強かったことです。一見すると、前者は能動的、後者は受動的に聞こえます。受動的というと何だかネガティブな感じがしますが、私は、本当に後者で良かったと思っています。

 例えば、私がシリコンバレーで起業することになった最大の理由は、Apple社で働いていた時に仕事で知り合った本社の同僚と「個人的に」仲良くなったことです。私は出張で本社に行っても、本社から人が来た場合でも、一緒に仕事をして優秀だな、素晴らしいなと思ったら素直にそれを顔に口に出していました。そして、オフで一緒に食事に行ったり、日本ではどこかに連れていったり、買い物につきあったりとするうちに徐々に仲良くなっていった元同僚が何人もいます。10年後20年後、世界に散らばる彼らが、なにかと助けてくれました。

 その当時の私には、アメリカで働きたいとか、起業したいという希望も野望も全くなく、しかし、かえってそれが良かったのではと今にして思います。

 私がシリコンバレーでいくつか会社を立ち上げ、また、いろんな会社を手伝う中で壁にぶつかった時、本当に困った時にそれを解決してくれたのは、結局それまで培って来た人的ネットワークでした。従業員を雇うときも、オフィスを探すときも、新しいプロダクトを作るときも、販売チャネルを探すときも、すべて「自分の信頼する誰か」に相談し、そこで受けたアドバイスが結果的に一番効果的でした。もちろん弁護士や会計士にお金を払って問題解決するケースもありますが、その場合も、どの弁護士でも良い訳ではなく、自分で一生懸命作ったネットワークの中の弁護士だからこそ、他より素晴らしいアドバイスをしてくれるわけなのです。

 逆にそれなりの人的ネットワークを持たないと、前に進まないことが数多くあります。例えば米国で仕事を見つける時は、ホームページや人事部経由で申し込む人はその時点でかなり不利。その会社で働く知り合い経由で内部から推薦してもらわないと会ってももらえません。

 これは日本的には「不公平」に聞こえるかもしれません。が、採用する側からすると、「どこの馬の骨か分からない人と、しっかり身内の推薦のある人を同じに扱う方がよっぽど不公平」となります。京都の「一見さんお断り」の背景にある考え方と共通です。

 この人的ネットワークが大事だという話を日本ですると、異業種交流会や名刺交換会を連想する人が多いようですが、残念ながらそれはここでいうネットワークの形成にあまり役には立たないと思います。そもそも会社の名刺で会社の肩書と共にパーティー会場で知り合いになった人と、そうそう互いに信頼を置ける関係になれるのでしょうか?

 また、交流会で名刺集めに精を出している人は「いざという時に自分に役立つ人」がネットワークだという思いがあるようですが、そんな都合のいい話はなかなかありません。自分のために何かしてくれる人を一方的に集めるなんて芸当はまず不可能です。

 ここまで来ると、そもそも信頼関係とはなんでしょうか、という問いになります。

 Give and take(ギブ・アンド・テーク)という英語は日本語でも通じると思いますが、Takeの前にGiveがあるのには深い意味があります。小さい頃に「情けは人のためならず」という日本のことわざを教えられましたが、その精神と同じです。自分が人に何かをしてあげることが先にあって、それがいつかは返ってくるという先人の教えは、万国共通だと思います。

 ですので、いいネットワークを形成したかったら、その人の役に立つことをしてあげた自分、が先に必要なのです。言葉を変えれば、役立つ人的ネットワークが欲しいと思う人は、その定義を「自分が信頼する人の集合」ではなく「自分を信用し、感謝してくれる人の集合」として、それを目指すべきでしょう。

 日本で国内線の飛行機に乗ると、重い荷物を頭上のスペースに載せようと苦労している人を、周りが手を貸さず黙って見ている光景によくぶつかり、アメリカから着いたばかりの私は違和感を覚えます。同時に、日本人をよく知る私は、みんな手伝ってあげたいのだが気恥ずかしい気持ちが先に立っているだけなのだとも知っています。今度こんな場に遭遇したら、ほんの少しばかりの勇気を持って小さなおせっかいをやってみることが、一生役に立つ人的ネットワーク作りにつながるのではないでしょうか。

 この二つは、一見関係ないことのように見えますが、シリコンバレーにおける私の経験の中では、連綿とつながっているのです。

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