〈仕事のビタミン〉外村仁・エバーノートKK会長5

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外村仁(ほかむら・ひとし)1963年生まれ。東大卒業後、米大手コンサルティング会社に入社。その後、アップルコンピューター・ジャパンに転じ、マーケティングなどを担当。スイス国際経営大学院のMBAを取得し、シリコンバレーで複数の会社を立ち上げる。10年6月から、エバーノート日本法人会長。河合博司撮影

 ■チャレンジする人を応援するというチャレンジ

 今週スタンフォード大学で、とてもうれしいイベントが行われました。サンフランシスコにあるジャパン・ソサエティー北カリフォルニア(http://www.usajapan.org/)という組織が、日米の懸け橋となった新しい技術やベンチャー企業数社を表彰したのです。

 ジャパン・ソサエティーは全米に複数ある民間組織ですが、中でもジャパン・ソサエティー北カリフォルニアは2番目に古い歴史を持っていて、名前から想像されるように、日米の文化交流、歴史、文学などに活動の重点を置いています。

 日本の歴史ある表彰制度の多くもおおむね同じだと思いますが、これまでの表彰対象は、かなり時間をかけて成長した会社や、日米の交流に尽力された後にリタイアされた方、著名人、財界人がほとんどでした。

 ですので、今回のUS―Japanイノベーションアワードでのベンチャー企業の表彰は、その長い歴史上で初めてといえる取り組みでした。私も審査員の末席に名を連ねていたのですが、日米双方から推挙されるIT、バイオ、クリーンテックなどの様々なベンチャーのアイデアをプレゼンしてもらうのは、いつも以上にワクワクする経験でした。

 とくに今回は、単純に技術の良さやビジネスモデルをはかるのではなく、日米をつなぐという観点で判断しなければいけない「ひねり」がありました。

 何回も何回も審査を行い絞り込んだ結果、日本人の起業した会社では、IT系では「Mobage(モバゲー)」で知られ、現在アメリカに勢いよく進出中のDeNA(ディー・エヌ・エー)、バイオ分野では脳を再生させる薬を開発したサンバイオに賞が贈られました。

 両社の代表の方は、どちらも帰国子女でもなければ、米国の大学を出ているわけでもなく、ネーティブスピーカーでもありませんでした。しかし、受賞のあいさつも、その後のパネルディスカッションも、痛快なくらい見事にこなされて、日本人として大変うれしく、そして心強く思いました。

 最近になって、日本のITベンチャーや外食産業がアメリカに進出するケースが少しずつ目立つようになってきています。とくに今春以降、その傾向がきわめて顕著になってきたと肌で感じます。

 ジャパン・ソサエティーの審査員の間でも、「シリコンバレーを訪ねる学生の数や、日本の会社からの面会の依頼は、震災以降のこの3カ月で急増している」と意見が一致していました。

 現地で暮らす我々は、日本から進出してくる人たち、留学に来る学生の役に立とうと色んなお手伝いをしたり、催しを企画したりしてきましたが、中国人やインド人主体の活動に比べればあまり活発ではありませんでした。

 しかし今年の夏は、日本の技術やベンチャー企業をシリコンバレーで羽ばたかせようというイベントが様々な団体や企業によって企画され、月2回のペースで何らかのイベントが行われています。実際、会社訪問やインターンとしてシリコンバレーにやってくる学生さんの数も、この10年間で最も多いと思います。

 この夏、我々Evernote(エバーノート)も、日本在住の開発者を対象に、ソフトウエアやウェブサービスの開発コンテストを実施しました。過去には独創的なアイデアの製品が日本から生まれ、世界を席巻したものも多くありましたが、ソフトウエアの世界で活躍する人はまだ少ないのが実情です。一人でも多くの優れた才能を持つ日本人が、世界で羽ばたく一助になりたいと思っています。

 慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)と共同で、多くの応募作品の中から優秀な2作品を選出し、今週「Japan Prize」を授与しました。このお二人を、8月18日にサンフランシスコで開かれる開発者会議にお招きして発表してもらい、世界中から集まったプログラマーや起業家と交流していただき、ますます腕を磨いていただきたいと思っています。

 ところで、イノベーションやチャレンジの話をすると「自分で変化を起こすことはなかなかできない」とおっしゃる日本人が大勢いらっしゃいます。日々の仕事や生活が忙しく、新しいことをやる余裕はない、ということでしょう。それはそれで十分理解できます。ですが私は、あまり大上段に構えず、やれることからやるのでいいのではないかと思うのです。ですから、そういう人には「チャレンジする人を応援することも立派なチャレンジですよ」と答えることにしています。

 私自身、新しいことにチャレンジする日もありますが、いろんな制約によりチャレンジできない日もたくさんあります。それに比べれば、がんばる人の応援はいつでもできますよね。

 だから私は、世界で活躍する日本企業や日本人が1人でも増えることを願って、挑戦する人たちを自分の身の丈にあった形で、地道に応援し続けていこうと思い実行しているのです。

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