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2012年3月23日15時46分

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〈仕事のビタミン〉外村仁・エバーノートKK会長:17

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3/11以降にシリコンバレーはどんな動きをしたかをプレゼンする筆者 撮影・Kimihiro Hoshino

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サンフランシスコ州立大学日本人学生会代表として、様々な支援の取り組みをした深井美樹さんの発表 撮影・Kimihiro Hoshino

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日本の復興状況を伝える猪俣弘司・在サンフランシスコ総領事 撮影・Kimihiro Hoshino

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外村仁(ほかむら・ひとし)1963年生まれ。東大卒業後、米大手コンサルティング会社に入社。その後、アップルコンピューター・ジャパンに転じ、マーケティングなどを担当。スイス国際経営大学院のMBAを取得し、シリコンバレーで複数の会社を立ち上げる。10年6月から、エバーノート日本法人会長。河合博司撮影

■ネットの向こうのトモダチ

 3月は「震災から1年」ということで、ここサンフランシスコ・ベイエリア周辺でも様々なイベントが行われました。

 ジャパンタウンで行われた追悼の式典に始まり、コンサート、マラソン、ダンス、記念品の作製など、個人、会社、学校がさまざまな形でメモリアルイベントを開催しました。参加者は、傷癒えぬ東北の方々に思いをはせながら、風化しがちな記憶をもう一度呼び覚まし、自分のできる範囲で支援を続けよう、という思いを新たにされたことでしょう。

 サンフランシスコ州立大学では、震災関連のシンポジウムが開かれました。日本の震災にサンフランシスコ・ベイエリアの人たちはどう反応、対応したかを、様々な職業や立場の人が振り返って報告し、ディスカッションするというものでした。私はプレゼンテーターの1人として呼ばれました。

◆参加者の深い日本への愛情

 多くの日系人の方々が参加しました。日系コミュニティーの皆さん(先祖が日本から来たというだけで、実際日本に行ったこともない方も多いのですが)の日本への愛情は、思わず頭が下げたくなるほど、いつも熱いのです。

 サンフランシスコ州立大学はもともと日系人の先生や生徒が多いのですが、中でもこの大学を日本寄りにしている理由として、ある施設があげられます。

 ディレナ武山センターです。大学を卒業し、同大学で教えられた武山敬(たけやまけい)名誉教授が500万ドルの私財を寄贈され、日本の研究や日米文化の相互理解のために設立されました。余談ですが、武山さんは、アメリカ人のご主人が真珠湾攻撃に遭遇したが生存し、ジャーナリストだったお兄さんは広島の原爆投下時に被爆したものの、一命を取り留め、その後アメリカで一緒に暮らしたという数奇な運命の持ち主。「パールハーバーと広島」という本もアメリカで出版されています。

 シンポジウムは、ディレナ武山センターで開かれました。

 総領事が日本がどれだけ復興したかを説明した後、サンフランシスコ近郊で暮らす老若男女、さまざまな立場の方が、取り組みを話してくださいました。

 いつも思うのですが、だれもが恥ずかしがったりせず、また控えめになりすぎることもなく、「できる範囲でやれること」、言い換えると、「身の丈にあったヘルプ」を気負い過ぎずに話せるのです。人目を気にしなくていい風土が後押ししているのでしょう。聞いていても大変さわやかです。

 日本人チームでは、日本人学生会代表の深井さんが、震災3日後にプロジェクトチームを結成し、校内で募金活動を行ったり、お弁当を販売したりして、約1カ月で3万ドルを寄付した話などを紹介し、満場の拍手を受けていました。

 さて、私がなぜ呼ばれたかというと、元々は、この連載の1回目で書いた話をしてくれということだったのです。

 震災翌日にシリコンバレーの会社としてはエバーノートが最初に義援金を送ることを発表し、他の会社の呼び水になった件や、また翌週には、子供の学校でチャリティーコンサートを開いた話などが大学側の耳にはいり、スピーカーとして招待されたのです。

 私はそれ以外にも、関西の震災の時とは違った対応ができた話を、ITの世界にいる人間として実例をあげて具体的に話しました。「明らかに想定外の話」として来場者がびっくりしたのは、フェイスブック上で世界から寄付を募った話をした時でした。

◆国境を超える浄財

 最近急速に伸びるフェイスブックですが、本来のコミュニケーション機能もさることながら、フェイスブックをインフラとして使い、その上に作られた様々なアプリケーションにユニークなものが数多くあるのも特徴です。

 今回活躍したコーズ(Cause)もその一つ。エバーノートが義援金を送った相手は、サンフランシスコに本拠地があるJCCCNCというNPOだったのですが、そのNPOがこのフェイスブック上の「コーズ」を使って募金を集めていたので、私は最初その話をネット上で広めるのを手伝っていました(といっても、パソコン上でコメントを書いてクリックする程度の手伝いです)。

 しかし、しばらく後に、日本在住の友人2人、ジャーナリストの林信行さんと、グーグル・ジャパンの松永有子さんが(お互い別々に)「コーズ」上で「バースディ ウイッシュ」を始めました。

 これは、「誕生日おめでとう」と思う人はプレゼントのかわりにクレジットカードでいくらか出してくれば、その全額が「コーズ」を通じて私の寄付したい先にお金が行くよ、という仕組みです。

 つまり小さな誕生パーティーをファイスブックの上で行い、賛同した人は10ドル、20ドルを日本にいながら払い(参加者はほぼ日本の人ばかりですから)、それがシリコンバレーのフェイスブックを通過し、サンフランシスコのNPOの義援金ファンドに届くのです。

 日系人の団体の方は年配の方が多いこともあってか、最初はこの好意とお金の流れに当惑されたようでした。

 日本にいる日本人だったら、テレビ局や郵便局に振り込んだり、街頭募金だったりと、もっと身近な方法があるはずなのに、なぜ、顔も名前も知らない人たちがアメリカの団体に直接、寄付してくれるのか。しかも、「だれかの誕生日にかこつけて」というのが理解できないようでした。

 そしてなにより、「東北を助けたい」という日本に住む人からの浄財が、海をこえていったんサンフランシスコの自分たちに入り、そしてまた海をこえて東北の方を助けるという、このループが、想像を絶するものだったようです。

 昔だったら、外国までお金が一往復するだけで手数料と手間だけで元金自体が飛んで行きそうです。しかし、今はインターネットや様々な技術のおかげで、物理的な距離はあまり関係なくなってきました。私は「自分がより共感を持つ方向へ人は動くし、助けたいと思った瞬間に手軽にできるというのが、なにより大事なんです」と説明しました。

◆インターネットの底力

 距離を超え、言葉を超え、見知らぬ人をすこしばかり助けることができるようになったのは、この件だけではありません。

 例えば、私は1年以上前からKivaという仕組みを通じて、自分では行くこともないだろう国の方々に、遠くから手助けしています。たとえば、アフリカのマリで古着ビジネスを新しくおこしたい主婦のグループや、カンボジアのタケオでサトウキビジュースのビジネスを始めたいグループに開業資金を融資しました。

 資金といってもほんの数千円。私はアメリカにいながらにしてクレジットカードで払っただけです。お気楽なものです。

 しかし、銀行や政府の融資制度が完備されていない国の人々にとっては、これは天からの助けにも等しいのです。世界中の人からちょっとずつの浄財を集め、新しいビジネスの立ち上げを助ける。なにか新しいことを始めたい人を応援する。Kiva.orgはそういう仕組みなのです。

 参加者は、気負わなくても、そんなに資金がなくても、そして誰にも知られることもなく、たくさんのプロジェクトの中から「自分が助けたいもの」を選んでお手伝いをできるのです。支援したプロジェクトの経過は随時報告されます。いい結果が出ても悪い結果がでても、自分が多少なりとも手伝ったプロジェクトの達成感があります。

 「とられた税金の使い道が不明瞭」なんて文句をよく聞きますが、それに比べるとなんてシンプルで納得のいく寄付ではないでしょうか。

 ドラえもんの「どこでもドア」は現代科学では実現していませんが、アフリカのマリの古着屋の繁盛する様子は、まるで自分の目で見た話のように、私の頭の中に焼き付いています。

◆こころざしの高いプロジェクト

 最近はプロジェクトに賛同する人が少しずつ事前購入することで、必要な資金を集める仕組みも広がりつつあります。

 最も有名なものは「KICKSTARTER」と呼ばれるもので、ここでは数千にも及ぶ「夢」プロジェクトが並んでいて、それの実現に賛同する人たちが、数ドルから数千ドルを出して、その成果物の一部を予約します。また、それよりも前からクリエーターや起業家を類似の仕組みで支援してきたのが「indiegogo」です。震災関係のプロジェクトも多くあるのですが、そのうち一つずつを紹介します。

 KICKSTARTERを使って今世界から小口資金を集めているのは、京都の写真家の二宮章さんです。二宮さんは、震災の記憶が途絶えてしまわないように、被害を受けた場所を定点で撮影し、それを360度回して見えるパノラマ映像に変換するプロジェクトを継続して行われています。

 今回集めた浄財は、このパノラマ作品をiPadで世界の人たちに見てもらうためのプログラミング費用にあてられるそうです。今世界中に資金援助を呼びかけています(http://kck.st/TohokuVR、詳細は関連リンクを参照)。

 「indiegogo」上では、ジャーナリストの片山理沙さんたちのグループが、宮城県の漁師町に住むサーファーとその家族の生きざまを記録した映画を作っています。そこに暮らす人がビデオカメラで日常を撮影したものを構成するという、商業映像ではまずできないアプローチです。indiegogoを通じで資金が3500ドル集まるごとに次の一話を作って行き、世界に公開するという、まさに作成者と支援者とが手に手を取って前に進んで行くやり方です(http://bit.ly/allradio、詳細は関連リンクを参照)。

 震災から1年。「記憶を風化させるな」という警鐘を多く見ました。その一つの方法として、何かの役に立つ貢献を、自分の余裕にあわせて行うことはすばらしいと思います。そして、パソコンとインターネットとクレジットカードさえあれば、こんなにも手軽に、世界中の困った人、こころざしのある人を助けられるのです。

 ぜひ、どんなプロジェクトがあるのか、のぞいてみてください。こういう場所に行くと小さな親切を胸にした「日本のトモダチ」にたくさん出会いますよ。

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