〈仕事のビタミン〉外村仁・エバーノートKK会長:13

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外村仁(ほかむら・ひとし)1963年生まれ。東大卒業後、米大手コンサルティング会社に入社。その後、アップルコンピューター・ジャパンに転じ、マーケティングなどを担当。スイス国際経営大学院のMBAを取得し、シリコンバレーで複数の会社を立ち上げる。10年6月から、エバーノート日本法人会長。河合博司撮影

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キンドルファイア

■A社 vs. A社

 最近5年とか10年昔前のことを聞かれるケースがなにかと増えてきたのですが、そういう時に私がまずあたるのは過去の電子メールです。過去にもらったメールや自分が返事したメールは、私にとって立派な知識データベースなのです。

 つらつらと見て行くと、温故知新な発見もあったり、バカなことを真面目に書いている自分に笑ったりもします。一言で言えば、友人や自分の過去の知的活動を再利用できるわけで、何かを思い出したり、より深く理解したりと、とても助かっており、電子メールを捨てずにとっておいて本当によかったと思います。

 昔から手紙の保管/保存はできましたが、いざ必要な時に取り出すのは大変でした。取り出す以前に、どこにあるか探すのも大変でした。今こんなに簡単に検索して取り出して参照できるのは、現代のさまざまなコンピューター技術のおかげです。

●過去13年分のメールを保管

 あるとき、ふと思い立って、自分はいったいいつから電子メールを保存しているのか調べてみました。保存とはいっても、10年前とはデータの保存方法の概念が変わっています。昔ほど頻繁に壊れなくなりましたが、やはりパソコンのハードディスクは動く部品でできているので、故障してデータがなくなることもまあありますし、それ以上にパソコンをなくしたり盗まれたり災害で失ったりする可能性が十分あります。

 ですので、数年前からメーンのデータの保管場所はクラウドとなっています。私の場合、メールに関してのクラウドサービスは、主にグーグル社の提供するgmail(ジーメール)です。グーグル社のうまれる前からやり取りしていて手元にあった過去の電子メールをあるとき全部ここにアップロードして、それからはいつもバックアップがあり、またどこからでも検索可能になり、ずいぶん気が楽になったものです。

 さて、私がここに保管している中で一番古いメールを検索してみたところ1997年12月のものでした。私がインターネットでの電子メールを使い始めたのはもうすこし前ですが、残念ながら最初の方は保管してなかったようです。

 いずれにせよ、過去13年分のメールは検索できます。13年分もあるのかと思う方もおられるでしょうが、インターネットでの電子メールを活用し始めてまだたった13年しかたってないとも言えます。

 この13年で何が変わったか考えてみました。私はそのころAppleにいたので、xxxx@apple.com の社内メールはたくさんあるのですが、傾向はつかめません。

 が、例えばアマゾンはどうでしょう。メールを見ると私が米国アマゾンで最初の注文をしたのは、2001年だったようです。10年前ですので、意外と最近ですね。そのころに買っているのはほとんど本です。当時アマゾンはオンラインの本屋さんだったのです。ところが、その後急速に品ぞろえを増やし、DVDやCD、ビデオはもとより、パソコン、電気製品、家庭用品、そして食品、最近では靴や洋服まで売り始めました。私はいまでは、「ハウス食品のレトルトカレー」や「伊藤園のおーいお茶」までアマゾンで買っています。(念のためですが、アメリカでの話です)

 この変化は、町の本屋さんが大きくなって、家電量販店になり、そして大型スーパーや、デパートのようになってきたようなもので、当時から店頭売りが徐々にオンラインに移行していく流れはあちこちにあったので予想できた動きです。

 しかし逆に、当時は全然想像できなかったのは、デジタルコンテンツまわりです。音楽CDやVHS/DVDの映画の販売に加えて、デジタル版の音楽、映画、テレビ番組をアマゾンはオンラインで売り始めました。そして紙の本に加えて電子書籍も売り、そして今年からはアンドロイドスマートフォンのためのアプリのストアまで自前で開始しました。これは単にオンライン物販で、アナログ商品に加えてデジタル商品も、と品ぞろえを増やして行った拡大路線ととらえている人も多いと思いますが、それだけではなかったことに最近気づかされました。

●「キンドルファイア」登場

 日本での報道でご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、アマゾンから「キンドルファイア」という小型のタブレットが発売になり、私の家にも2週間前に届きました。それまでの「キンドル」は、すべて白黒の電子ブックリーダーでしたが、今回は初めてカラー液晶になり、かつ基本ソフトとしてアンドロイドを使っています(それも、グーグルが正式に認めてない、いわば「勝手アンドロイド」版なのですが、その話をすると長いので、今回は割愛します。いずれにせよ、多少無理があってもとにかく出して行くという強引さも企業として評価に値すると私は思っています)。

 さて、箱を開けて電源を入れると、なにがすごいか。

 まず、最初から私の名前やアマゾンのアカウントが登録されています。私がこれまでに買った電子書籍はすべて一覧になっていてワンタッチで読み始められます(パソコン上や昔のキンドル上で、その電子本を途中まで読んでいた場合は、どこまで読んだかも覚えていてくれます)。

 また、電子書籍に加えて、私が過去に買っていた音楽、保存していた音楽もすべてこのまっさらのタブレットですぐに聞き始められました。映画もテレビ番組も同様で、昔に買った映像はクリック一つで見ることができますし、新しいビデオの購入も、映画レンタルもワンタッチです。そして、基本ソフトがアンドロイドなので、いろんなアプリを追加していきたいわけですが、これも他同様、これまで私が落としたり買ったりしたアプリはもうこのまっさらな機械の上に一覧になっていてすぐに使い始めるだけになっています。ここで、私は知らぬ間に「外堀を埋められていた」と気がつくのです。

 さらに、この最新のデバイスが、199ドルという格安の値段がついていることも大きな話題でした。常識とされる値段の約半分です。そして、このマイ=コンテンツによる包囲網。予想を超えてはるかに売れているそうで、ある大手家電量販チェーンでは、現在ファイアの売れ行きがiPadの売れ行きを上回っているという報道もありました。一番安いモデルのiPadでも499ドルですので、値段だけ見ても大変魅力的です。

●変化する会社と、しない会社

 そうです。振り返ってみれば、昔オンライン本屋さんだったアマゾンは、いつのまにかiPadの最強の競合ではないかと評されるデバイスを作り、それにサービスをくっつけて提供する会社にも変身していたのです。そしてアップルが10年近くかけて作ってきた世界、つまりハードだけでなく、音楽やコンテンツ、アプリを上手にハードに融合させてお客様に届けるというのも、比較的短期間になかなかの完成度を持って実現していることに驚きを禁じ得ません。

 同じ10年前、アップルもまだコンピューターしか売っていませんでした。(社名も、現在と違って、まだアップル「コンピュータ」でした)。iPadもiPhoneもない、純粋なコンピューターの会社でした。いや、まだ直営店もなかったので、「コンピューターのメーカー」という方がより正確ですね。

 ですので、たった10年前コンピューターメーカーだったA社と、オンライン書店だったA社。まったく遠くの分野だったこの2社が、最新技術でいっぱいの今一番ホットな戦場でガチンコ勝負を始めているなどとは、当時の業界ではだれも予測できていませんでした。

 それにしても、この2社は、どうしてたった10年間でビジネスを拡大しつつ、自己を変革し、全く新しいビジネスを立ち上げることができたのでしょうか?

 それに比べて、皆さんの周りの会社はどうでしょうか? 私なりの解釈をこの先の回に書こうと思いますが、変化をする会社としない会社、そこで働く人の違いをぜひ一度考えてみて下さい。

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