第10回戦場で犯した罪 繰り返される悪夢 医師が守った兵士のカルテ

有料記事戦争トラウマ 連鎖する心の傷

後藤遼太

 日中戦争のさなか、精神神経疾患専門の国府(こうの)台(だい)陸軍病院(千葉県市川市)に入院していた兵士たちの病床日誌(カルテ)が残されている。

 山形県出身、28歳、元郵便局員。

 兵隊にとられる前は勤勉に働き、結婚して家庭もあった。中国北部で赤痢に感染し、内地に向かう病院船で頭痛や不眠を訴えるようになる。

 《山西省で部隊長の命令で部落民を殺せることが最も脳裡(のうり)に残っている……自分にも同じ様な子供があったので、余計厭(いや)な気がした……恐しい夢は其(それ)以来ずっと時々ありて悩まされる》

 《良民六名を殺したることあり、之(これ)が夢に出てうなされてならぬ、又(また)廊下なぞで誰かに殴られそうな気がして そっとよけて歩くと云(い)う》

 「顔貌(がんぼう)表情に乏しく被害妄想的曲解」と、医師のメモ。病名「精神乖離(かいり)症」。兵役に耐えられないとされた。

 神奈川県出身、35歳、元鉄道員。

 1937年、日中戦争の上海上陸作戦に参加。渡河中に中国軍の迫撃砲弾が至近距離で爆発し、一時失神した。

 《戦斗(せんとう)間熾烈(しれつ)なる弾雨中に於(おい)て大なる危機を生じたる衝撃 又惨烈なる生活並(ならび)に激戦長時に依(よ)る疲労累積等特異なる戦場の諸悪影響に依り発病せしもの》

 《絶えず分隊長より殴打され苛(いじ)められしことが残念で病気になりし》

 「精神的打撃に耐えざる状態にして眼瞼(がんけん)手指震顫(しんせん)」と、医師のメモ。病名「乖離性反応」。兵役に耐えられないとされた。

ひそかに集められた患者

 1938年に軍が整備した国…

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この記事を書いた人
後藤遼太
東京社会部|メディア・平和担当
専門・関心分野
日本近現代史、平和、戦争、憲法
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    白川優子
    (国境なき医師団看護師)
    2023年12月10日11時0分 投稿
    【視点】

    日本軍にとっての不都合な真実を、今日までよく匿い、守ってきてくださったと、当時の国府台陸軍病院長はじめ、浅井さん、さらに今日まで継いでこられた周囲の方々に頭が下がります。 軍が隠蔽するなか、それでも現実には存在する患者さんたちに寄り添って

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    辻田真佐憲
    (評論家・近現代史研究者)
    2023年12月11日20時23分 投稿
    【視点】

    カルテがドラム缶で保管されたとあり、興味深く思いました。大本営陸軍部の関係資料も、戦後ドラム缶に入れて隠匿されていたからです。それが今日では、太平洋戦争にいたる過程を検証するうえで欠かせないものになっています。ドラム缶は日本近代史研究の隠れ

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