プーチン氏がウクライナでの戦争をやめられない理由 NYTコラム
トーマス・フリードマン
ウクライナにおける戦争について私が最近あまり書かなかったのは、開戦後の最初の数カ月間から、戦略的な変化はほとんどなかったからだ。その時期は三つの事実がほぼ全てを動かしており、現在もなお、それが続いている。
第1の事実。私は開戦時にこう書いた。これほど大規模な戦争が始まった時、国際問題のコラムニストとして自問すべき大切な問いは非常にシンプルだ。それは、自分がどこにいるべきか、というものである。キーウか、ドンバスか、クリミアか、モスクワか、ワルシャワか、ベルリンか、ブリュッセルか、あるいはワシントンか。
この戦争が始まった時点から、どんなタイミングで、どのような展開を見せるのかを理解できる場所はただ1カ所しかなかった。それは、プーチン大統領の頭の中である。残念ながら、プーチン氏は自分の頭の中へのビザは発行してくれない。
これが現実的な問題になる。なぜなら、この戦争は完全にプーチン氏の頭の中から生まれたものだからだ。すでに明らかになっているように、プーチン氏は閣僚や軍司令官からの進言を頭に入れることがほとんどなく、また、当然ながらロシア国民から強い要請を受けることもなかった。ロシアがウクライナで勝つにせよ負けるにせよ、プーチン氏が終わらせると決めたときにのみ、ロシアはウクライナ侵攻をやめるのだ。
これは第2の事実につながる。プーチン氏には「プランB」がなかった。キーウに攻め込んで1週間で占領し、傀儡(かいらい)の大統領を据えてウクライナを自らの懐に収め、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)、西欧文化がロシアに向けてさらなる拡大をすることに終止符を打とうとしていた。プーチン氏がそう考えていたことは、いまや明らかだ。プーチン氏の思い通りになっていたら、彼の影が欧州全体を覆うことになっていただろう。
そして、これが第3の事実につながる。プーチン氏は、勝てない、負けられない、やめられない、という状況に自らを追い込んだ。もはや、彼がウクライナ全土を掌握することはありえない。しかし同時に、ロシア人の命と財産をこれほど犠牲にした以上、プーチン氏は負けるわけにはいかない。だから、彼はやめられない。
プーチン氏が恐れる二つのもの
言い換えれば、プーチン氏は「プランB」を持っていなかったために、ウクライナの町や民間のインフラ施設をしつこく、かつ、しばしば無差別にロケットで破壊する。そうした激しい消耗戦が初期設定であり、プーチン氏はそこにとどまっている。ウクライナ人の血を十分にしぼり上げ、ウクライナを支持する西側の仲間たちを十分に疲弊させ、ロシア語話者がいるウクライナ東部のうち十分なだけの広さの領土を手に入れれば、「大勝利だ」とロシア国民に売り込めるだろうとの期待を抱いていた。
プーチン氏の「プランB」は…