「2012年、目黒通り、午前2時」 作家・万城目学 W杯に寄せて
サッカーW杯カタール大会で史上初のベスト8進出に挑んだ日本代表について、サッカー通の作家、万城目学さんに寄稿してもらった。
寄稿・万城目学(作家)
まきめ・まなぶ 1976年、大阪府生まれ。2006年に『鴨川ホルモー』でデビュー。『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』など。近著に『あの子とQ』(新潮社)。
ちょうど、十年前のこと。
ある俳優の方が「俳優は狭い世界でばかり付き合う。もっと視野を広げろ。いろんな職業の人と触れ合え」というコンセプトのもと飲み会を開いた。そこに場違いながらも参加したのは、「小説家」という職業代表で来てほしい、と人づてに誘われたからである。
やんやと場は盛り上がり、日付も変わって深夜一時を超えたあたりに吉田麻也選手が現れた。「サッカー選手」枠で参加していた元代表選手が、後輩の吉田選手を呼んだのだ。
当時、ザックジャパンのブラジルW杯を目指す戦いが進行中で、それと兼ねるかたちで、吉田選手は翌月から始まるロンドン五輪代表にオーバーエイジ枠で参加すべく日本に帰ってきたばかりだった。
各所であいさつ回りをしていたらしき吉田選手はただ先輩に呼ばれ、この場に顔を出しただけで、状況をよく理解していない様子だった。所在なげに座る彼の隣に席を移動し、「明日、練習はないんですか」と訊(たず)ねたら、
「朝七時からトレーニングです」
と小さな声で答えた。
「いいんですか、帰らなくて」
すでに時計の針は二時を過ぎている。
吉田選手は困ったように笑っ…
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