「忘れられた」先住民族ウイルタ 女性たちの刺繡がつないだ記憶の糸
北川アイ子さんはいつも、厚みのある手を、黙々と動かしていた。
「どうして網走に来たんですか」「んー」
「この刺繡(ししゅう)の形の意味は何ですか」「ない」
小田切洋子さん(76)が尋ねても、そんな返事ばかりだった。
北海道網走市の刺繡サークルに入ったのは36年前。講師だったアイ子さんが型紙を作る姿に目を奪われた。三角に折りたたんだ紙から、下書きもなく、さっと曲線形を切り抜く。開くと、思いがけない模様が現れた。
「どの色がいいでしょうか」と聞くと、「これ」とすぐに返事が返ってきた。自分だったら選ばない、反対色に近い3色の糸だった。
布の上に出た針に糸をからめ、2列の鎖状になるように縫っていく。太い部分が終われば、別の色の細い糸で内側、外側の縁周りを巡る。小さな形でも何時間もかかる。完成した作品は、本当にきれいだった。
日本とロシアのはざまで
刺繡のルーツは、サハリンの先住民族、ウイルタ。「飼いトナカイと生活する人」の意味で、独自の言語を持つ。アイ子さんはその1人だった。
過去を語らなかったアイ子さん。小田切さんは、市内の博物館展示や生い立ちをまとめた冊子を通じ、その半生を知った。
サハリンではもともと、複数…
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