(社説)中国共産党 誰のための統治なのか
長大な栄枯盛衰の中国史のなかでも、この100年は特筆すべき激動の時代だった。
確かに、一党支配体制は富国強兵を実現した。しかし、その統治は真の意味で人びとの解放を成し遂げているか。
中国共産党の言う「偉大な復興」は、足元に潜む危うさと裏腹であると認識すべきだろう。
きのうの結党100年の記念演説で、習近平(シーチンピン)総書記は力説した。「中華民族は立ち上がり、豊かになり、さらに強くなる飛躍のときを迎えた」
結党時に五十数人だった党員は今や9500万人を超す。頂点に立つ習氏の言葉にみなぎる自信の源泉は、経済である。
多くの国民が貧困を脱し、旧西側経済の停滞をよそに、ほぼ堅調な成長のペースを保ってきた。それは共産党の統治の優位さゆえであるとする「物語」が国民に広く浸透している。
実際にソ連崩壊後、中国の共産党体制も早晩崩れると世界は見た。そうならなかったのは、党がイデオロギーを柔軟に扱い、大胆に市場経済化を進めたことが大きい。
だが今後に目を転じれば、中国は産児制限の影響もあり、少子高齢化が加速している。経済一辺倒で政権の求心力を維持するのは難しくなりそうだ。
米中の覇権争いの時代といえども、共産党政権が今なお恐れるのは国内の体制批判である。昨今の言論弾圧や、「愛国」の強調は、その芽を封じるための引き締め策であろう。
この100年間には、大躍進運動、文化大革命、天安門事件など、多大な不幸や流血を生んだ共産党支配の過ちがあった。その痛ましい過去が再び繰り返されない保証はない。
中国が今後の持続可能な発展のために実践すべきは、棚上げされた政治改革である。現在の豊かさを築いた「改革開放」の柔軟な発想を、経済から政治にも広げる必要がある。
人権と自由を制限し、民主的に指導者を選ぶ手段も与えない体制が、長期安定を見通せないのは当然だ。ところが習氏は自らに権力をさらに集中させようとしている。来年の党大会では定年制のルールを覆しての続投の臆測もささやかれる。
平和的な権力移行の仕組みを崩し、香港や新疆で弾圧し、ことさら外国の脅威をあおる。その遠景には列強から屈辱を受けた近代史があるとはいえ、今ほど強大化した中国が内向きな強権政治に走るのは危うい。
もはや共産党にとっては政権維持が統治の目的なのではないか。習氏はきのう「中国人民の幸福を求める」のが党創設からの使命だと述べた。ならば改めて、結党の志に戻るべきだ。
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