(寝たきり社長の突破力)ゲームから得たもの:上 「できる」をあきらめない、ゲーム機で知った=訂正・おわびあり

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 「どこのボタンが固くて押せないって?」

 父がそう尋ねると、「このAボタンが固くて僕の力では押せないんだ」と私は答える。「そうか。そこのボタンか」と言いながら、父はネジを外してゲーム機を分解し、ボタンの固さをやわらかく変えてくれる。私の子ども時代のよくある日常だった。

 子どもの頃から、自分の体を自由に動かせるのは指先だけだった。私には2人の兄がいる。兄たちは体に障害はないので、いつも自由に外で遊びまわっていた。兄たちはたびたび私を抱きかかえたり、バギーに座らせたりして、外に連れ出してくれた。

 しかし、外で遊ぶのは少し退屈だった。理由は簡単だ。いつも私は見ているだけだったから。とても優しかった兄たちなのだが、それよりも私は幼心ながら遊びに物足りなさを感じる日が多かった。

 そんなある日のこと。世の中では「ゲームボーイ」が一世を風靡(ふうび)していた。まわりの子どもたちもみんなが熱狂し、兄たちも毎日夢中になって遊んでいた。それを見た私も、「僕もやりたい! 貸して」と言って、兄たちに貸してもらったことがある。しかし、筋肉が徐々に衰える「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」と診断されていた私は既に右手の力がおとろえ始めていた。ボタンが一つも押せなかった。

 「なんで僕だけみんなと遊べないんだろう」

 落ち込んでいたある日、父が私専用のゲームボーイを買ってきてくれた。「お前も、お兄ちゃんたちと同じやつが欲しかったんじゃないのか」。そう言って手渡してくれたが、私は「ボタンが押せないから要らない」と、ふてくされて答えた。すると、父はドライバーを手に取り、ゲームボーイを分解し始めた。父は機械いじりが大得意。十字形のボタンの上に一本の棒を付け、親指だけで上下左右に操作できる仕様にしてくれたり、私の指の力でもボタンが押せるように改造してくれたりした。大喜びする私に父はこう言った。「できないと最初から決めつけるな」

     ◇

 19歳でウェブ制作会社「仙拓」を起業し、「寝たきり社長」で知られる佐藤仙務(ひさむ)さん(29)のコラムを再び2回で連載します。

 ◇「寝たきり社長の突破力」は医療サイト・アピタル(http://www.asahi.com/apital/)で毎月第2、第4木曜に配信しています。

 <訂正して、おわびします>

 ▼6日付生活面「寝たきり社長の突破力 ゲームから得たもの(上)」の記事で、「筋肉が徐々に褒える」とあるのは「筋肉が徐々に衰える」の誤りでした。

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