朝鮮人虐殺「記録ない」は否定のための手段 歴史学者が懸念する将来

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聞き手・後藤遼太

 関東大震災での朝鮮人虐殺を巡り、「記録が見当たらない」という松野博一官房長官の発言は多くの批判を集めました。朝鮮人虐殺と日本の植民地支配の関係について研究している法政大の慎蒼宇(シンチャンウ)教授(近代日朝関係史)は、研究者の間でよく知られている公的資料が何点もあると具体的に列挙します。そのうえで、政権の姿勢は歴史修正主義につながるものだと断じます。

 ――関東大震災の際の朝鮮人虐殺について、松野官房長官は「政府内に事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言しました。

 端的に申し上げて、あります。もうこの主張は、おかしいと思いますね。

 ――内閣府の中央防災会議の専門調査会の報告書が虐殺についてまとめています。しかし、松野官房長官はこれについても「有識者が執筆したもの」「政府の見解ではない」と答えました。

 研究者が必ず挙げるのが、まずは司法省の「震災後に於(お)ける刑事事犯及(および)之(これ)に関連する事項調査書」でしょう。233人の朝鮮人が殺されたことが記載されています。軍隊や警察などによる殺傷については触れておらず自警団によるものが中心です。しかも、刑事事件として立件された件数のみですから、被害者数が少ない史料です。

 ――官憲の虐殺については史料が無いと。

 いえ、そうではありません。数は少ないですがあります。陸海軍などの史料をまとめた「関東大震災政府陸海軍関係史料」です。東京都の公文書館にあり、陸軍が作成した「関東戒厳司令部詳報」が収められています。司法省の調査と並ぶ、二つ目の史料です。

 この中に「震災警備の為(ため)兵器を使用せる事件調査表」が収められています。軍隊による殺害事件20件が記載され、うち12件が朝鮮人の殺害です。騎兵連隊などが東京の南部で朝鮮人を殺害していたことが分かります。

 三つ目として、今年9月4日に存在が発表された、神奈川県知事から内務省警保局長宛ての報告書が挙げられるでしょう。横浜で起きた朝鮮人や中国人殺傷について、神奈川が国に報告した調査結果の史料で、大きな発見です。

虐殺の根拠となる公的な史料を例示した慎教授。当時を伝える史料をどう捉えるべきか。ロングインタビューで語りました。そのうえで、真相解明に後ろ向きな政権の姿勢に警鐘を鳴らします。

 ――断片的とはいえ、主に三つある。

 そう言えると思います。

 また、それ以外にも様々な公…

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この記事を書いた人
後藤遼太
東京社会部|メディア・平和担当
専門・関心分野
日本近現代史、平和、戦争、憲法
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    天野千尋
    (映画監督・脚本家)
    2023年10月7日11時16分 投稿
    【視点】

    【官房長官発言が公的記録として残り、50年後に「官房長官がこう言っているから、正しい」となってしまう。】 まさにその通りだと思いますし、それこそが事実を無かったことにしたい側の思惑の一つのようにも感じられます。 今の私たちが過去の公的資料を

    …続きを読む
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    三牧聖子
    (同志社大学大学院准教授=米国政治外交)
    2023年10月7日15時35分 投稿
    【視点】

    歴史修正主義についての貴重な考察とともに、日本の変わらない人権観を突きつけられる記事でもあった。「朝鮮人迫害が外国に報道されることは好ましくない」(山本権兵衛内閣)、「外国人に注目され、残酷と批判されないように注意」(原内閣)ーこうした政策

    …続きを読む