殺害された障害者の息子、安堵の思いから7年 本名明かした母の思い
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で利用者19人が殺害された事件から26日で7年になるのを前に、長男(当時49)を殺害された女性(78)が今月、初めて朝日新聞の取材に応じた。長い間、長男の名を伏せてきた女性は、隠してきたという長男の存在と向き合いながら、「差別に苦しむ家族をなくしたい」と、家族の歩み、事件への思いを語った。
相模原市に住む女性は持病で足腰が弱く、1日の大半を横になって過ごす。そばにある仏壇では、学生服姿の長男が、遺影の中で屈託のない笑顔を浮かべている。
「友だちと遊ぶのは苦手でしたが、囲碁と、歌を歌うのがとても好きな子でした」
長男は小学生のころからいじめに遭った。不安定な情緒や奇異に映る行動が原因だった。中学の定期試験日には「他の生徒が集中できない」と、学校から休むよう言われた。
医師から自閉症と診断された。「今度遊びにおいで」。近隣住民のそんな言葉に喜び、訪問すると居留守を使われ、呼び鈴を何度も鳴らして通報された。学校でも、地域でも。トラブルのたびに女性は「謝れ」と言われ、頭を下げ続けた。
成人した長男は、人目を避けるように夜間に出歩いた。家では「なんでいじめられるんだ」と叫び、女性に暴力を振るった。楽になるはずの子育ては、成長とともに過酷さを増した。耐えきれずに頼ったのがやまゆり園だった。
「困り果て、自信をなくし、家に一緒にいることが嫌になってしまった」
1996年7月、長男は園に入所した。29歳のときだった。以降、顔を合わせるのは月に一度、自宅での面会のみとなった。1時間ほどの滞在中、長男は部屋でひとり音楽を聴いていた。
「息子と向き合うことを放棄した」という20年の歳月を経て、女性のもとに突如届いたのが、事件の知らせだった。
ああ、これでもう世間に頭を…