西九州新幹線半年 期待と不安と

三ッ木勝巳 熊谷徹也 寿柳聡
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 西九州新幹線(武雄温泉―長崎)が開業して半年。沿線は開業効果に沸く一方、絶好機を生かすための課題も見えてきた。並行在来線の沿線地域は街の衰退を懸念し、武雄温泉―新鳥栖の整備の行方はなお進展が見られない。期待と不安が交錯する現場を訪ねた。

 在来線と新幹線の乗換駅となった武雄温泉駅、嬉野市で約90年ぶりの鉄道駅となる嬉野温泉駅。地元の武雄市と嬉野市ではいま、宿泊施設のリニューアルや新規開業の動きが相次ぐ。

 武雄市では、団体客を対象に営業していた二つの大型宿泊施設が個人客向けに衣替えし、この春から夏にかけ再開する予定だ。嬉野市でもこの夏、外資系ホテルが駅前にオープン。JR九州の宿泊施設も秋のオープンに向け建設が進む。

 嬉野温泉観光協会長を務める旅館「大正屋」の山口剛副社長は「長崎との接点が本当に強くなった」と顔をほころばせた。嬉野温泉―長崎の所要時間は最短で23分。1時間以上かかる高速バスに比べ、劇的に縮まった。「長崎空港は新幹線新大村駅に近い。温泉に泊まるなら、雲仙や島原より、こっちの方が早いんです」。客の幅は北海道から沖縄まで全国に広がったという。

 九州経済調査協会によると、佐賀県の宿泊稼働指数は昨年11月が93・4、同12月は82・8と2カ月連続で全国1位。県内の市町別では武雄市と嬉野市が昨年9月の開業から今年2月まで高い水準を維持して、コロナ禍前の2019年を上回り、開業効果がくっきり現れた。

 ただ、その効果を生かし切れるかという懸念もある。その一つが、人手不足だ。山口副社長は「働き手が新規の宿泊施設などに流れていく可能性もある」と指摘する。「付加価値を付けて客単価を上げ、賃金アップに回すなど、働く人を守る旅館になる必要がある」

 駅周辺の利便性の向上も求められる。

 嬉野市は、シェアサイクルの実証実験を実施。4月からは1個500円で嬉野温泉駅から荷物を宿泊施設へ届ける「手ぶら観光」を始める。どちらも駅前にできた道の駅「うれしの まるく」が拠点になる。

 まるく駅長の松尾良孝さんは、観光地としての魅力向上も必要だと説く。「嬉野で足りないのが立ち寄り先。新たに観光地を増やすことは難しい。いまあるところを磨きあげ、情報発信に力を入れる」

 一方、開業によって長崎との直通列車がほぼなくなった在来線沿線は衰退への不安にさらされている。

 鹿島市のJR肥前鹿島駅は、博多駅などと結ぶ特急の運行本数が1日上下45本から14本に減った。江北駅で乗り換えなければならないことも多くなり、住民からは「不便になった」との声があがる。

 特急の乗車率が下がって減便が進むのでは――。こんな危機感も地元にある。

 鹿島市は長崎線の利用者を増やし、市内の交流人口の拡大につなげようと、4月から5月10日まで、地元の施設や店と連携した取り組みを行う。特急の乗客に博物館の観覧料やレンタサイクルの利用料を割り引いたり、駅近くの飲食店で大吟醸1杯を提供するチケットを配ったりする予定だ。

 新幹線沿線の観光業界も、在来線沿線を含めた他の地域に開業効果を広げる必要性を感じている。

 武雄を、佐賀の呼子や長崎の佐世保など、人気観光地を結ぶ「分岐点」ととらえる武雄市観光協会の井上祐次常務理事は「周辺とタッグを組んで新幹線効果を広げていく」と意気込む。

 今月25、26日には、鹿島市で開かれた酒蔵巡りのイベントに、武雄温泉から1日3往復バスを走らせた。武雄温泉からバスで観光客を送り込むのは初めての試みだ。

 「佐賀県がつまらないと思われたら、新幹線がつながってもお客様は来てくれない。新幹線が止まる駅として責任は非常に大きい」と井上さん。同協会の山下裕輔会長も「この土地が観光地としてどう評価されたかが一番大切で、ここから半年が正念場」と話す。

 武雄温泉―新鳥栖のあり方をどうするかも難題だ。県は通常の新幹線の「フル規格」での整備に慎重な姿勢を変えていない。

 今年2月に1年ぶりに県と国土交通省との「幅広い協議」が行われたが、進展するどころか、かえって互いの溝を浮かび上がらせる結果になった。

 もともと、長崎―博多間には新幹線と在来線の両方を走れる構造のフリーゲージトレイン(FGT)を走らせる計画だった。その車両の開発を国が断念したのが混迷のはじまりだ。県は速度を落とせば可能として開発再開を促したが、国交省側は「技術的に困難」との姿勢を変えず、開発関連設備の撤去も決めた。

 山口祥義知事は今月、公務でスペインを訪問。都市間の移動でFGTの高速鉄道に乗った。同行した県幹部によると、レール間隔に応じた切り替えはスムーズで、高速区間も快適に走ったという。線路の規格など条件は違うが、この幹部は「技術的にそこまで困難なのかな、という思いになった」と語った。(三ッ木勝巳、熊谷徹也、寿柳聡)

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