奇策「田代ダム案」 リニア局面打開なるか

中村純 床並浩一
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 リニア中央新幹線のトンネル工事をめぐり、JR東海が新たに提案した田代ダム(静岡市葵区)取水抑制案。大井川からダムへ流れ込む量を制限し、川の水量を維持するという。奇抜なアイデアは、膠着(こうちゃく)状態が続く水問題解決の突破口となるか、それとも水泡に帰すのか。現場のダムを南アルプス山中に訪ねた。

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 何はともあれ現地に行ってみよう。5月下旬、まだ暗い午前4時過ぎに静岡市街地を車で出発した。曲がりくねった山道をひたすら登り、3時間ほどで沼平ゲートに到着した。

 ゲートの先は林道東俣線を進む。一般車両の通行は原則禁止だ。歩きしかないが今回、市から走行許可を得て、ゲートの27キロ先にある田代ダムをめざす。

 前々日の大雨と強風のせいで、道には石や草木が散乱していた。ハンドルを持つ手に力が入る。制限速度20キロで、約1時間半走り、やっとダムの入り口にたどり着いた。

 すぐ右手にダムサイトが見えてきた。堤体は高さ17メートル、幅108メートル。思ったより小ぶりだ。コンクリートの表面部分は、茶褐色に変色している。1928(昭和3)年の建造だ。

 堤体の裏側に回った。ダム湖である田代調整池には水がせきとめられ、青緑色の光沢を放っていた。ここで貯水された水が、南アルプスを貫く地下用水路で田代川第二発電所(山梨県早川町)まで運ばれ、発電される。

 清らかな水の流れをさかのぼり、ダム湖に沿って上流部に向かう。それまでの静けさから一転、轟音(ごうおん)が聞こえてきた。大井川からの取水ゲートを通って、勢いよくダムへ流れ込む水の音だ。

 毎秒5トンという大井川からの取水量を減らし、リニアのトンネル工事で山梨県側に流出する水量を穴埋めする。それがJR東海の提案だ。ダム管理者で水利権を持つ東京電力リニューアブルパワー(東京)は「関係者の理解を得てから具体的な協議に入る」と調整に応じる構えを見せる。

 ダムといえば、険しい山中に作られるものだが、田代ダムは秘境中の秘境にある。常駐社員はいない。ここのダムカードは、現地に行った証拠写真と引き換えに配布されるが、「月1枚出るかどうか」(配布場所の山荘)とされ、プラチナカードと言われている。90年余りの間、容易に人を寄せ付けずにきたからだ。

 これまでにも大井川水系の住民から水返せ運動が起きるなど、このダムは騒動の震源地になってきた。そして今、新たな注目を集める存在となっている。

 帰り道、林道わきにリニア工事用のJRの作業施設がみえた。トンネル工事はダムのさらに上流部で予定されている。人里離れた山の中で、川は何も語らず、人間同士のせめぎ合いだけが続いている。(中村純)

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 県は3日、川勝平太知事が6日に予定していた田代ダムの視察を延期すると発表した。天候不順が予想されるため。県は6月県議会後の日程で改めて調整する方針。

 取水抑制案をめぐっては知事が難色を示す一方、大井川の流量減少を懸念する流域自治体からは一定の評価を示す声もあがっている。視察の延期で「全量戻し案」をめぐる議論が一部進展しない可能性もある。(床並浩一)

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