「どうすれば救えたか」迫られた転院、娘なくした母が願う関連死ゼロ

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飯島健太

 2016年の熊本地震で、困難な転院に直面し重病の4歳の娘を亡くした母親がいる。昨年には「災害関連死を考える会」を立ち上げ、国に関連死ゼロを訴えてきた。だが、能登半島地震でも関連死は300人を超す。熊本地震から9年。母親の目に、現状はどう映っているのか。

 熊本県合志市の宮崎さくらさん(46)の次女、花梨(かりん)ちゃんは16年春、熊本市の市民病院に入院中だった。

 重い心臓病で手術をした後、肺炎になり、人工呼吸器を着け、透析を始めた。いずれも最大震度7を記録した4月14日の前震、16日の本震に遭ったのは、そんな時だ。

 耐震不足の病棟にいた患者を含む計310人は転院を迫られ、容体の深刻な花梨ちゃんはその最後の一人になった。ようやく福岡市の九州大学病院への転院が決まったが、通常1時間半の道のりが渋滞などで倍かかった。

 救急車の車内では、医師が手…

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この記事を書いた人
飯島健太
西部報道センター
専門・関心分野
イランを中心とした中東政治、国際政治、核問題、事件、災害