10月下旬の平日、富山市小羽の旧小学校舎に笑い声が響いた。小学生10人ほどが、大人と一緒に料理をしたり、木工細工に挑んだり、対戦ゲームをしたり。不登校児や保護者の支援に取り組む富山市の団体「Switch(スイッチ)」が、閉校になった旧校舎の一室を借りて開く集まりだ。

 運営する代表の小沢妙子さん(43)の小学6年の長男も不登校。小学1年の1月ごろから通っていない。

 理由は今もはっきりしないという。学校を嫌がるようになった当初は、小沢さんが付き添い、教室の廊下で1日過ごすことも多かった。ある日、学校について行った夫が、帰宅後に言った。「やめよう」。小沢さんは「学校に行けないことに不安を感じるのは親の価値観。それを子どもに押しつけてしまっていた」。

 無理して連れて行くのをやめた。起床、遊び、勉強、就寝の時間などを、子どもに決めさせた。自宅でタブレット端末やパソコンに触れると、学校で覚えられなかった五十音やアルファベットをすぐ覚えた。今ではプログラミングを覚え、パソコンを自作するまでに。「それぞれに適した学び方があると分かった」

 別の40代の母親も「学校ありきの考えでは子どものためにならない」。小学6年の次男は、1年の頃から座って勉強するのが難しく、4、5年の頃に学校に全く行かなくなった。当初は登校させようとしたが、本人は拒絶。母親は「子どもも自分も気持ちがすさんでいた」と振り返る。

 登校しなくなった後も、平日はSwitchで知り合った子と、休日は学校の友達と遊ぶ。母親は「学校に行かなくても、色んな場所があればきちんと学べる」と話し、「学校に行くなら死ぬ」とまで言っていた我が子が、「教室」で楽しく遊ぶ姿に目をやった。

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 文部科学省の調査で、2020年度に30日以上登校せず、「不登校」とみなされた小中学生は19万6127人にのぼり、過去最多だった。小学生ではおよそ100人に1人、中学生は24人に1人の計算になる。増加は8年連続だ。富山県内でも最多の1455人で、前年度より184人増えた。

 20年度は新型コロナウイルスの影響による休校もあった。県教育委員会は、生活リズムが安定しなかったり、マスク着用や席の間隔を空けるといった対策によるストレスがあったりしたことが影響したとみる。

 16年の教育機会確保法や19年の文科省通知は、国や地方自治体に民間の支援団体と連携するよう促した。

 県教委は20年度から支援団体を招いた会合を定期的に開くなどしているといい、小中学校課の水戸英之課長は「支援の方針については学校で十分に理解されている。今後は保護者や地域も含めて、連携を強めていきたい」。フリースクールなど学外の活動も出席日数に算入できる仕組みもあるが、明確な基準はなく、各校の校長の判断に委ねられているという。

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 過去最多となった不登校を「当事者」はどうみるか。

 小沢さんが気になるのは、調査が学校側の回答に基づくもので、子どもや保護者に聞き取っていない点だ。「一口に不登校と言っても、外で別の形で学んでいる子もいる。実態を把握できているのでしょうか」

 不登校に伴い、仕事を辞めた。家庭の外でのつながりを失い、孤立感がつらかった。不登校の子を持つほかの家族と話がしたかった。「子どもと向き合う役目は誰も代わってくれない。『これでいいんだ』と肯定するために、色んな家庭を知りたかった」

 19年5月に活動を始め、保護者が語り合うカフェ、子どもが遊ぶフリースペース、工作や料理の体験学習を定期的に開く。多いときは約20人が参加する。運営費の一部は、県や富山市などの助成金でまかない、親が主体の会の際には100円ずつ集める。

 コロナ禍で活動休止中も、保護者同士で連絡を取り合ったという。

 射水市のNPO「はぁとぴあ21」理事長で、不登校や引きこもりの支援に約25年取り組んでいる高和洋子さんは、保護者を支援する必要性を強調する。相談に来る保護者の大半は、教育機会確保法や、行政の相談窓口を知らない。子どもが不登校になると、親がパニックになる。高和さんは「不登校になった時にどう接すれば良いか、入学時に学校側が保護者に知らせるだけで違う」と指摘する。

 また、いじめ対策にあたる文科省、児童相談所を運営する厚生労働省など、垣根を越えた対応も欠かせないと言う。「教育と福祉が『誰でも不登校になり得る』という共通理解を養わないといけない」(田添聖史)

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