第3回三陸鉄道が探る新しい旅 震災とコロナの試練を越えて
藤谷和広 大久保泰
三陸鉄道の試練は、10年前の震災だけではなかった。
全長163キロの全線開通から7カ月後の2019年10月、台風で盛り土が流されるなどして、一時は全線の7割が不通となる。途切れた線路が再びつながるのは20年春。改めて5カ月を費やした。
その2日後の3月22日、釜石駅には大漁旗を振る住民たちの姿があった。出迎えたのは、アテネから来た東京五輪の聖火「復興の火」。大漁旗は、ハレの日にお目見えする縁起物だ。聖火は三鉄に乗って、被災地を走った。しかし翌23日には、釜石駅から南の大船渡市で展示されているさなかに、コロナ禍で「五輪延期検討」のニュースが飛び込み、人の流れは急速にしぼんでいく。
三陸沿岸は人口減と少子化の先進地だ。岩手県沿岸地域の人口は2040年に震災前の3分の2の18万人に減り、4割は高齢者となる見通しだ。高校生など地元の客の先細りは、確実にやってくる。
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「三陸鉄道とは運命共同体」…
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