魚の減少、私たちはどうしたら? 専門家に聞く 

聞き手・篠健一郎 貞国聖子
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 日本の漁獲量は2015年に352万トンで、ピークだった1984年の1160万トンから約3分の1に減りました。新型コロナウイルスも漁業資源の保護に影響を及ぼしていると言います。回復のために何が必要なのでしょうか。専門家2人に聞きました。

 ■水産政策に詳しい学習院大の阪口功教授(地球環境ガバナンス

 ――世界の漁獲量が増えているのに、日本は三十数年で3分の1ほどになりました。日本と世界の違いはどこにあるのですか。

 公的な資源管理の有無が大きな要因だと考えています。各国は70年代後半に、200カイリ(約370キロ)の排他的経済水域(EEZ)体制に移行しました。同時に、限られた海域で持続的に利益が得られるように、水産資源の管理を始めました。世界最大の遠洋漁業国だった日本はこれに反発をしましたが、最終的にEEZ体制に移行はしました。ただ、他国のような厳しい資源管理が行われることはありませんでした。

 ――欧米では、どのように水産資源の管理をしているのですか。

 水産資源は、その魚の増加ペースに合わせて魚をとれば、基本的には継続してとり続けることができます。欧米では持続的に魚をとることができる漁獲量を科学的に算出し、それに基づいた漁をすることで水産資源を管理しています。具体的には漁獲枠を個々の漁業者または漁船に配分しています。例えば、ノルウェーでは漁船ごとに漁獲枠が割り当てられ、さらにその枠が売買できます。もうけが出ない漁業者は、その枠をほかの漁業者に売ることができることから、経営の効率化が図られるという仕組みです。その結果、ノルウェーでは年収が1千万円を超える漁業者も数多くいます。

 ――日本でも魚の種類に応じて漁獲量の上限を設定する法律はありますよね。

 日本は96年に、資源の管理を義務付けた国連海洋法条約を批准しました。これに基づき、魚の種類ごとに漁獲可能量を設定するTAC法(海洋生物資源の保存管理法)を制定し、97年から実施されました。ただ、漁獲可能量の設定は漁業者の経営状況などに配慮するとされ、結果的に漁獲量は設定された漁獲可能量に達することはなく、TAC法が十分に機能しているとは言いがたいです。

 ――なぜTAC法は機能しなかったのでしょうか。

 日本での漁獲規制は長く漁業者による自主管理が中心で、厳しい漁獲枠の設定に対する漁業者からの強い反発があったためです。TAC法で漁獲可能量が定められている魚は日本では8魚種にとどまり、資源管理が進んでいる北欧や約500種を対象にしている米国と比べて少ないのが現状です。水産資源を厳しく管理している国では、その枠を最大限に生かそうと一番脂がのった時期の魚を取るなどして魚価を考えて漁をします。漁獲能力の維持・増強につながる補助金の撤廃を進めたことも、日本に比べて資源管理が機能している理由の一つでしょう。日本は他国に比べて規制が甘いために、目の前に魚がいれば取ってしまう。魚価ではなく、漁獲量に重きが置かれ、未成熟の魚も取ってしまう乱獲につながってきました。その結果、例えばサバは、脂がのった大きなサバをノルウェーから買い、逆に小さなサバをアフリカに輸出しています。18年12月に成立した改正漁業法で、国が持続可能な水産資源の管理をすることが明記され、ようやくTAC対象の魚種の拡大が検討されています。

 ――欧米のスーパーはMSC(海洋管理協議会)認証商品を、日本のスーパーより多く取り扱っています。なぜここまで積極的なのですか。

 環境系のNGO(非政府組織)の存在が怖いからです。水産物に限らず、持続可能な商品を取り扱わないとNGOから指摘を受けてしまいます。持続可能性に配慮した調達方針もNGOと話し合いながら決めています。米ウォルマートや英セインズベリーズといったスーパーは、MSC認証商品の調達における数値目標を定め、実際に商品数を増やしています。そこにはNGOから指摘をされないようにしたいとの思惑が働いています。

 ――欧米のNGOは、消費者の意識を反映しているのですか。

 必ずしもそうではないと思います。企業は「取り組みが遅れている」とNGOに指摘されるリスクを恐れ、認証商品を増やします。認証マークがついた商品が増えることで、消費者がそれに触れる機会が増え、認知度が上がっていくというプロセスです。日本にもいくつかのNGOがありますが、企業に怖さを与えるほどではありません。

 ――日本の小売りではイオンが先行してMSC認証商品の拡大に取り組んでいますが、小売業界全体の動きにはなっていません。

 欧米のスーパーのようにMSC認証商品を取り扱う目標割合を時期とともに明示するようになれば、漁業者側にもMSC認証でなければ取り扱ってもらえないという危機感が生まれます。つまり、資源管理に対して協力的になります。ただ、イオンだけではこうした動きは生まれづらい。小売業界全体で持続可能な漁業でとられた魚の取り扱いを増やすことで、漁業者と消費者の意識に変化が生まれ、行政も管理や規制がしやすくなり、持続可能な漁業の実現に近づいていくと考えています。

■水産研究・教育機構理事長の宮原正典さん

  ――日本は資源管理に乗り出すのが海外に比べて遅かったという指摘があります。なぜでしょうか。

 正直に言って、水産庁としては資源の管理より漁業の振興のほうが優先順位が高かったです。日本は漁業が盛んな国で、船がたくさんありました。漁師を食わせていくほうが先で、資源に合わせた船数にするということをせずに長年やってきた経緯があります。その間に魚を取る技術の開発はどんどん進み、魚が取れなくなったらもっといい機械を入れて魚が取れるところを探す。自主的な資源の回復努力はしてきたが、結局取れるだけ取るという姿勢は変えられなかった。

 ――日本でも漁業資源が減ってきた1990年代に規制の流れが出てきました。

 常に後手に回っていた感じです。国際機関で資源管理をしなければという議論になっても、交渉に時間がかかり、規制を決めて実施するころには、もう資源が減っていて実効性がないという悪循環でした。

 ――今はどんな状況なのでしょうか。

 もう待ったなしの状態です。サンマもスルメイカも取れなくなっているという話題が毎年のように出ています。いろんな魚種で資源の減少や不漁が顕著だ。温暖化異常気象を口実に資源管理を先延ばしにしている場合ではない。

 ――新型コロナウイルスの感染拡大は漁業の資源管理にも影響を及ぼしていますか。

 国際的な規制が機能しなくなるのではないかと懸念しています。規制交渉はコンセンサス方式がほとんどなので、どこかの国が嫌だと言えば決められません。だから、正式な会議の場だけでなく、場外での腹を割ったやりとりが重要になります。相手国が何を求めているのかを把握することで、本当の交渉ができます。ほかの海域の規制など、その交渉の場の対象でない案件で取引しなければならないこともある。今はコロナ禍のため、オンライン会議になってしまい、相手と直接、顔を合わせることができず、本音のやりとりすることもできない。これでは交渉がまとまりません。

 ――規制の現場にも影響はありますか。

 乱獲の取り締まりが難しくなっています。立ち入り調査をしようとしても、「PCR検査を受けたのか」などと言って、船への立ち入りを拒否する外国船があると聞いています。

 ――漁師からは「自分たちが我慢しても密漁船に取られる」といった声も聞きます。

 コロナの影響で魚価が下がり、苦境に立たされた漁師たちが小さい魚も取って安値で売る状態を止められないとも聞きます。せっかく資源管理を進めてきたのに、世界中で乱獲ドミノが起きる恐れがあります。密漁などの違法操業は大きな問題です。

 現在、水産研究・教育機構と米グーグルオーストラリアの大学などと共同で、漁船の動きを追うシステムの開発を進めています。どこで操業して、どこで魚の受け渡しをして、どこの港に着いたかを衛星情報から監視する。違法操業の証拠があれば、水揚げする国も流通させるわけにはいかなくなります。売れなければ違法操業は減っていきますから。

 ――希望はあるのでしょうか。

 コロナ禍で自宅で過ごす人が増えて冷凍食品の需要が高まり、水産加工大手が動き始めています。商品への信頼を守るため、どこで取ってどこから仕入れたか分からないものは使わない、という宣言をする会社も出てきました。違法操業による水産品を扱わないことで違法操業をなくせると期待しています。

 ――私たちにできることはありますか。

 消費者もこのままでは魚がいなくなるかもしれないという危機感を持って考えてほしいです。気づいた時には貴重なたんぱく源がなくなっていた、ということがもう現実のものになりつつあります。持続可能な漁業を示すMSC認証の商品を買うのもできることの一つです。消費者が持続可能な商品を選ぶようになれば、持続可能な漁業も広がるでしょう。海の現状は刻一刻と変わっています。自然の回復力はすごいが、もうギリギリの状態になりつつあります。今こそ誰もが、何が起きているのか海に謙虚に聞くことが大切です。

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この記事を書いた人
篠健一郎
専門記者
専門・関心分野
データジャーナリズム、プラットフォーマー
貞国聖子
東京社会部次長|国交省、宮内庁担当
専門・関心分野
災害、事件事故、戦争と平和