(8月26日付朝刊に掲載した「ことばの広場」を再録しました)

 政治や経済に関するかけひきの記事で、「思惑(おもわく)」という言葉をよく見かけます。もくろみ、あて、自分に都合のいい期待といった意味で使われますが、実は「惑」は当て字。辞書によると文語「思ふ」に、動詞などを名詞化する接尾辞「く」が付いた「思はく」という形が本来のものだそうです。「曰(いわ)く」「願わく(は)」なども同じ成り立ちです。

 意味は元々「思うこと」全般でした。ただ「もくろみ」「あて」という意味の使い方は明治以前からあり、「おもはく違ひ」という井原西鶴「好色五人女」(1686年)の文例が「日本国語大辞典」にあります。

 朝日新聞紙面での使用例を調べたところ、明治期は現代の辞書でも示されている「相場の予想」の意味での使用が大半で、株や米などの市況の記事によく使われていました。1886(明治19)年1月19日付大阪1面では、堂島米市場の場況に「大手思わく筋より頻(しきり)に買立(かいたて)」とあります。1889年1月25日付東京1面には「投機商の思惑」との見出しで、憲法発布の祝典で使われる見込みのある提灯(ちょうちん)などの品物をしきりに買い入れていると書いています。