■夢を追うこと
今年は、暮れに一つ大きな挑戦をしました。上海にオープンした高島屋への「RF1」出店です。中国という新しい市場への第一歩です。
サラダを中心にした総菜の品ぞろえや、売り場のつくりは日本と同じ。中国人はもともと生野菜を食べないと言われていますが、例えば、上海の高級ホテルでは、朝食のサラダバーに現地の人が並んでいる。食生活のスタイルは変わってきています。
中国市場の魅力は超富裕層がたくさんいること。ここ10年で急速に経済成長を遂げ、レストランでは高価なワインが売れている。上海だけで200万〜300万人いるといわれる富裕層に向けて、ギフトとしてのサラダを提案したい。例えば、新鮮なサラダと厳選したローストビーフのセットであれば、1万円以上でも可能性はあります。
日本だってバブル最盛期には、高価なワインやギフトが売れていた。歴史は繰り返す。日本が体験したことを振り返りつつ、今の中国市場に挑むにはどうしたら良いか。発想を切り替えないといけません。
国内でも10月に、改装した大阪・梅田の阪急百貨店のRF1で、新たな試みに挑みました。テーマは「未来の総菜」の売り場づくり。
RF1では本格的な料理やスープの冷凍パックを並べました。入り口正面にはRF1とは別に、和総菜を中心にした「日本のさらだ IWATA」を出店。パックした具材を、家庭であわせて盛り付けてもらう商品を提案し、好評を得ています。
高齢者が増えて、客の買い物に訪れる回数や頻度は減ってきている。働く女性が増えて調理する時間はますますなくなっていく。時代に対応するには、「今晩のおかず」だけではなく、翌日や週末に食べられる総菜を提案していくことが大事だと考えての提案です。
◆競いあうライバルたち
さて、阪急百貨店を歩いて目を見張ったのは、競合する総菜店の成長です。おもしろい発想や商品で勝負してきている。RF1が研究されているなと感じるところもあります。
当然、危機感はあります。その反面、やりがいも感じる。追いかけられるから走らなきゃいけない。走るから進化する。競争相手がいないのは不幸です。進化を鈍らせるから。
このごろはコンビニも総菜やサラダに力を入れてきています。この先は、競争環境は厳しさを増すでしょう。ぼやぼやしていられません。
ただ、社内の危機感、物足りないですね。百貨店で総菜業を始めたのは私たち。そのアドバンテージはまだある。でも、商売では、距離があると思っていた相手が気づけばすぐ背後に迫っていたり、逆転されたりという例はいくらでもある。
だからもっと向上心や貪欲(どんよく)さが欲しい。分かって欲しいから最近、社内では声を荒らげることが増えました。この間も、2時間を予定していた会議を、早々に切り上げちゃった。「もう、やめ。こんな過去の延長線上の議論では開く意味がない」と叱って。
厳しすぎるでしょうか。いや、今はこれが必要です。いずれ奏功すると信じています。
◆これからの総菜
今年は、スタートするはずだった中期経営計画を来期からに延ばし、あえて1年足踏みをした年でした。歩んできた道を振り返り、これからの総菜を考える年でした。
味覚の修行で欧米を訪れるようになって、考えたことがありました。
当初、欧州各国の食文化は似ているだろうと想像していましたが、実際にはまったく別でした。国や地域ごとに、その土地に根づいた食文化や味を大事にしていた。ケーキ一つをとっても、温暖なイタリアは果物を豊富に使って鮮やかで、寒いドイツはチョコレートや木の実をよく使う、といった具合です。
一方で、日本はすばらしい和食文化を持ちながら、諸外国の生活スタイルの取り込みと共に、それが崩れてきているように感じました。この先、日本の食文化はどこへ向かうのだろうかと心配になりました。
総菜を通じて、日本の伝統的な味を守れないだろうか。日本には豊かな野菜がある。サラダを軸に現代を生きる和食の世界をつくってみよう――。
これまで商品づくりの真ん中に置いてきたこの思いは、これからも大切にします。
そして、まだ見ぬ総菜を夢見て、前へ進みます。
例えば、今後も健康志向は続く。カロリーゼロのサラダ。糖質ゼロのサラダなんてあれば、メタボが気になり始めた社会人が、こぞって手に取るでしょうか。
例えば、さらに高齢者が増える。RF1で人気がある「緑の30品目サラダ」に倣って30種類のみじん切り野菜をスプーンで食べられるようにしたら、喜ばれるでしょう。同じサラダは3歳の子どもも食べられる。一緒に食べるおじいちゃんおばあちゃんとひ孫の笑顔を思い浮かべます。
総菜産業は、富士山で言えばいま何合目にいるのかな。3合目? いや、ひょっとしたらまだ2合目かも。まだまだ、私が想像していないような総菜の形があるんじゃないか。気づいていない食べ方があるんじゃないか。もっとお客さんを喜ばせられるんじゃないか。毎日、四六時中考えています。
夢を見るって楽しいことなのだろうけど、苦しいことやね。でも、やっぱり楽しい。
初めて欧州へ渡ったあの日。デリカテッセンに出会い、これを生涯の事業にしようと決意したあの時。帰国する飛行機の中で夢想したのは、私たちがつくった商品が置かれた食卓と、それを囲む家族の笑顔でした。あの興奮は、今も色あせていません。
これからつくる新しい総菜と食卓の笑顔を想像して、今日もわくわくしています。(聞き手・和気真也)