■価値を生む「突破力」
やらないための言い訳というのが、私は嫌いです。
ものづくりはつい、つくり手の論理に陥りがちです。しかし、踏みとどまって消費者の側に立てれば、それが結局は自分たちの力を向上させる。
ロック・フィールドのそんな取り組みを紹介しましょう。
1991年に静岡に工場を建てました。世界的な建築家の安藤忠雄さんに設計をお願いしたことは前回触れた通りです。
ちょうど、デリカテッセンをやめて日常の総菜づくりへと、経営のかじを大きく切った時期です。主力ブランドのRF1がスタートしたのが92年。工場は総菜の品質を支える大事な拠点です。当然、中身もこれまでとは違ったものにする必要がある。
そこである挑戦をしました。
素材に付加価値を高める。その一例が、ジャガイモの皮むきと芽とりを自前でやることです。
え、そんなこと? と思う読者もいるかもしれませんね。でも、これが大事なのです。
サラダやコロッケづくりに大量に使うジャガイモですが、調理前の仕込みは、外部業者にアウトソーシングすることが当たり前でした。人手がかかる作業です。そして、皮をむいた時に出る大量のでんぷんの水処理が大変なんです。強烈なにおいがします。
ただ、外部業者に頼んで仕込みをしてもらうと、ジャガイモは酸化を防ぐために一晩水に浸されて運ばれてくるのが一般的。その間に、おいしい要素が抜け出てしまう。せっかく厳選した契約農家から良い素材を集めても、これでは台無しです。
鮮度はおいしさに直結する。その日使う食材は、その日に調理すべきなのです。
◆やれる、やれないじゃない
ところが、現場責任者は反対しました。人手も道具も機械も足りない。「第一、そんなこと自前でしていたら、原価が上がってしまう」と血相を変えました。
でもね。やれる、やれないじゃない。やれる方法を考える。そこを突破できるかが、新しい価値を生めるかどうかの瀬戸際です。
例えば、新しい道路をつくるとして、山や谷を常に回り道していたのでは、まともな道路なんてできない。トンネルを掘ろうか、橋を架けようかと、一つ一つ解決していくものでしょう。このときの、ジャガイモ問題は、私たちにとってはまさにそういう問題でした。道具や機械が足りないなら、自分たちで設計してでも解決してみろと伝えました。
社員たちも腹をくくってくれた。芽を効率的にとれるナイフを自分たちで作り出しました。人手を集めて研修を重ね、最適な工程を考え出したのです。
今でも工場には、作業員の手の大きさや、むき方のクセに応じて刃の形状や持ち手が異なる個人の専用ナイフがずらりと並んでいます。
ゴボウも最初は外部業者が皮をむいた状態で仕入れていましたが、自前での仕込みにこだわりました。ゴボウは収穫したての状態だと土がついています。
「土壌菌を工場には持ち込めない」と、これまたもっともな反対にあいましたが、わざわざ洗って1日置いたゴボウを使うレストランなど無い。香りが逃げてしまうから。優先すべきは鮮度とおいしさだと、これも工場での処理を促しました。
目が痛くなるタマネギを皮むきすることや、レタスなど葉野菜1枚1枚洗浄殺菌することなど、「常識」を覆した現場作業を静岡の工場では次々に実現しました。結果、野菜の鮮度が上がり、サラダやコロッケは格段にレベルが上がったのです。
◆基本にこそ競争力
それまで、ジャガイモの仕込みに、会社があまり積極的に取り組めなかった理由がもう一つあった気がします。「しょせんジャガイモ」という思い込みです。
ジャガイモは1キロ100円。同じ1キロで5千円のものもある肉に比べ、どうしても価値が低く見られがち。ジャガイモのために水処理の設備投資をして、どれだけ効果が得られるのかと疑問視する声も社内にはありました。
でも、それは間違いだと私は思う。ジャガイモやタマネギは私たちの総菜の基本。誰もやらないからこそ、そこをしっかりすることが競争力につながる。
95年にロック・フィールドは、「SOZAI」というコンセプトを打ち出しました。「世界に通用するそうざい」という意味合いと同時に、「素材」とも読める言葉に、「素材のチカラも大切にする」という姿勢を込めました。その象徴的な取り組みがまさにジャガイモでした。
北海道・北見市の農家と、農薬を使わないジャガイモの収穫法を考えました。ジャガイモは収穫前に農薬をまいて葉と茎を腐らせるのが一般的だった。しかし、私たちは代わりに機械で葉と茎を粉砕する方法を提案した。
非常に手間がかかります。そんな作業に価値はないという農家もあった。でも、北見の農家と始めてみたら安心・安全を考えた収穫方法だと評判になり、今はこの方式が他の産地でも広まっています。
また、こうやって大事に収穫したジャガイモですが、通常の保存方法だと、8月〜9月に収穫したものが3月過ぎには芽が出て使えなくなってしまう。1年を通しておいしい状態で使えないかと産地に相談したところ、試行錯誤の末に「雪中備蓄」という方法を編み出してくれたのです。かまくらの中で保管する「氷室」という発想です。冬に雪を詰めた大型のコンテナをいくつも倉庫の壁面に置いて、ジャガイモの入ったコンテナを囲んだのです。温度も湿度もほどよく保たれ、年間を通じておいしいジャガイモが手に入るようになりました。
こうしてジャガイモの価値を、少しずつ少しずつ上げてきました。ブランドづくりの裏には常識を打ち破る発想と泥臭い努力が必要です。
次回も、その一端を紹介します。(聞き手・和気真也)