(社説)認知症の予防 「数値目標」は危うい

社説

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 認知症に政府としてどう向き合うのか。今後の政策の指針となる大綱の素案が先週、有識者会議で示された。

 これまでの柱だった、認知症になっても安心して暮らせる「共生」社会の実現に加え、「予防」に力点を置いたのが特徴だ。70歳代の認知症の人の割合を2025年までに6%低下させる、などの数値が並ぶ。

 こうした数値を掲げることには、予防をすれば認知症にならないといった誤解や、認知症に対する否定的なイメージを、助長しかねないと懸念する声がある。慎重に検討すべきだ。

 政府の認知症への施策としては現在、15年に作った総合戦略「新オレンジプラン」がある。誰もが認知症になり得るという考え方のもと、尊厳を守り、住み慣れた地域で自分らしく暮らせる社会の実現に重点を置いてきた。認知症の人やその家族の支えになる認知症サポーターを、20年度末までに1200万人養成するなどの目標が掲げられている。

 新たな大綱案は、こうした「共生」に向けた取り組みと並んで、「予防」の推進を柱に据える。具体策として、運動不足の解消や社会参加を促す「通いの場」を広げることなどを挙げ、「発症を10年間で1歳遅らせる」ことを目標にした。

 できるだけ長く健康でありたいと願う気持ちは、誰にもあるだろう。予防に取り組むことに異論はない。だが認知症の治療・予防法は確立されていない。予防に努めれば認知症にならないかのような印象を与える目標の打ち出し方は問題だろう。

 3月には認知症の当事者が厚生労働省を訪れ、「がんばって予防に取り組んでいながら認知症になった人が、落第者になって自信をなくしてしまう」と懸念を伝えた。数値目標が独り歩きすることで、認知症になった人を「自助努力が足りなかった」「社会のお荷物」とみるような風潮が広まらないか、心配だ。

 認知症になっても安心して暮らせる社会への道はまだ途上だ。認知症サポーターは増えたけれど、実際に認知症の人と関わる人は少ないといった課題は、有識者会議でも指摘されている。家族の介護のために仕事をやめる人も少なくない。高齢者に対する虐待の中で大きな割合を占めるのは、認知症の人たちが被害を受けるケースだ。

 大綱案は「認知症の人の視点に立って、認知症の人やその家族の意見を踏まえて(施策を)推進する」こともうたう。ならば、懸念の声にしっかり耳を傾けてほしい。共生社会の実現こそが求められていることを、忘れてはならない。

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