現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. 〈カオスの深淵〉一覧
  3. 立ちすくむ税金:4_1

印刷用画面を開く

カオスの深淵 立ちすくむ税金

立ちすくむ税金
11
22
33
4
55
立ちすくむ税金
蜂の巣論争 負担はだれか

 蜂の巣は、だれが駆除すべきか。
 千葉市に住むミュージシャン東狐松一郎(とうこ・しょういちろう)さん(23)は5月半ば、なにげなくツイッターでつぶやいた。
 「隣の家に蜂の巣があり、小さい子やお年寄りが多く心配です。何か補助していただけないのでしょうか」
 40分ほどして、返信があった。
 「住民個々の課題に税金で補助をすることは困難とご理解ください」
 千葉市の熊谷俊人市長(34)だった。本人から、こんなに早く? 東狐さんは驚いた。そこからツイッター上で、蜂の巣駆除を巡る市長と市民の論争が始まった。
 「市民税を払っている。駆除を市がやっても不公平ではない」
 市長 「税金を払っている人には何でもすべきなら、税金をいくら上げてもキリがなくなりますよ」
 「安心感につながり、大事だと思う」
 市長 「その代わり人件費が上がり、他のサービスが削られることとセットです」
 やりとりは2日間で100件を超えた。
 熊谷市長は進んで議論に加わった。「税を考えるのに分かりやすいテーマだ」と話す。公共施設の有料化など受益と負担の問題では、これまで何度もつぶやいてきた。
 一方、千葉市民にとっては、行政が蜂の巣駆除をしてくれる例が身近にある。千葉県松戸市だ。「すぐやる課」というユニークな部署があり、職員10人で昨年度は1422件の駆除要請に対応した。
 「被害が出る前に防ぐのが最善策」と渡辺武課長。「庭の物を片付けて」など個人的な要望は受け付けないが、「行政サービスの対象かどうかの線引きは難しい」。
 自分でなんとかする「自助」、共同体の相互扶助の「共助」、公共部門による「公助」。千葉市の熊谷市長は「行政が出て行くのは、自助、共助が望めないと判断される場合に限るべきだ」と主張する。
 では判断するのは政治家か、行政か、市民か。それを考えると、納税者としての立場を意識せざるを得ない。論争に火をつけた東狐さんは、何でも行政がやるべきではないという市長の考えに納得したという。「いろいろな意見を知って良かった。税金こそ見える場で議論する価値がある」
 6月末、千葉市・幕張の住宅街にある東狐さん宅を訪ねた。隣家にあった蜂の巣はすでになくなっていた。

(文・石松恒、イラスト・原有希)

蜂の巣は、だれが駆除すべきか
[熊谷俊人・千葉市長]

〈熊谷俊人・千葉市長〉
 2009年6月の市長選で、当時全国最年少の31歳で当選した。通信大手NTTコミュニケーションズ社員から、07年に民主党の公募に応じて千葉市議に初当選。1期目途中に前市長が収賄容疑で逮捕され、「市政を変えるチャンス」として、告示の約1カ月前に立候補を決意した。政令指定市では全国最悪レベルの財政の立て直しのため、職員給与のカットのほか、市立霊園や市営住宅駐車場の有料化など「適正な負担」を市民に求めてきた。最近は、国民健康保険料の値上げを発表し、家庭ごみ収集の有料化も検討している。情報公開も積極的で、定期的な市民との対話会や出前講座のほかに、ブログやツイッター(@kumagai_chiba)でも発信している。奈良県生まれ。

  ツイッター上で論争になった蜂の巣があった住宅街を紹介する東狐松一郎さん。きっかけとなった蜂の巣は駆除されたが、周辺の草木には蜂が飛び交っていた=6月30日、千葉市花見川区、石松恒撮影

〈松戸市の「すぐやる課」〉
 1969年、市長だったドラッグストア「マツモトキヨシ」の創業者、松本清氏が「すぐやらなければならないもので、すぐやり得るものは、すぐにやります」と唱えて発足。60年代に人口が急増し、道路や上下水道の整備が追いつかない状況だった。多様化する市民の声に素早く対応し、行政を市民に身近で分かりやすいものにするのが狙い。「市政についての要望などで緊急処理が必要なもの」を業務とする一方、「庭の草刈り」「家の掃除」など個人的なことは受け付けない。昨年度は「スズメバチなどの巣の駆除」1422件、「壊れた側溝のふたなどの補修」447件、「動物の死体処理」253件など計2645件の要望があった。蜂の巣駆除の要望は発足以来、昨年度までに2万844件の要望がある。

[次ページへ]