(社説)「黒い雨」判決 線引き行政改め救済を

社説

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 地理的な線引きで対象者を限ってきた国の被爆者援護行政を否定し、個々の被爆体験に関する証言と健康状態を重視して広く救済する。そうした視点に立つ画期的な判決である。

 75年前、広島に原爆が投下された直後、放射性物質とともに降った「黒い雨」。その下にいながら援護対象からはずれた人とその遺族84人による集団訴訟で、広島地裁は「黒い雨」の体験者全員を被爆者と認めた。

 国は、降雨域を大雨地域と小雨地域に分け、大雨地域だけを援護対象のエリアとしてきた。線引きの根拠としたのは、被爆直後に地元の気象技師が行った調査だった。

 判決は、この区分けは混乱期の限られたデータに基づく「一応の目安」であり、降雨域を限定するものではないと指摘。降雨域はその約4~6倍とする後の調査を踏まえても、範囲ははっきりしないとした。

 その上で、小雨地域とそれ以遠にいた原告一人ひとりの「黒い雨体験」と健康状態を吟味。証言は具体的で十分信用できる。大雨地域の被爆者と同様に一定の病気を発症していれば援護対象とするべきだ――。こう述べて単純な線引きを否定した判決は、原爆体験の実態に即した審査方法を示したといえるだろう。

 さらに注目すべきなのは、原告が放射性物質に汚染された水や農作物を口にしたと訴えたのを受け、雨による外部被曝(ひばく)とは異なる特徴を持つ内部被曝についての「知見を念頭に置く必要」に言及した点だ。国は今回の裁判でも放射線被曝と健康悪化の因果関係の高度な証明を求め、内部被曝の影響も否定したが、これを退けた。

 裁判は、広島県広島市が被告となり、国も参加する形で行われた。原告が求めた被爆者健康手帳の交付業務は、県と市が国から受託しているためだ。

 県と市は一方で、独自の調査などに基づき、被爆者援護区域の拡大を国に要望し続けている。判決を受けて国が従来の方針を改めるべきなのは当然だが、県と市も問われよう。被爆者と国と、どちらの側に立つのか。これ以上争わないよう、国に強く働きかけるべきだ。

 75年の歳月がたち、被爆者の高齢化がいや応なく進む一方、被爆の実相はなお解明されていない。その重い事実を裁判は浮き彫りにした。援護の対象外とされ泣き寝入りした人は、広島とともに機械的に線引きがされてきた長崎にも多くいる。

 唯一の戦争被爆国として、放射線被害の特質を十分に踏まえて救済を優先する。それが、被爆者援護法が定める国の責務のはずだ。

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