(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)あれから104日、長い先へ共に 山之上玲子

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 始まりは小さなニュースでした。

 正月気分が残っていた1月8日の朝日新聞。社会面の下の方に、こんな見出しの記事が載りました。

 「中国・武漢 原因不明の肺炎」

 昨年12月から患者が出始め、50人を超えたという気がかりな内容でしたが、目立つ扱いではなく、見落とした人もいたかもしれません。

 それから今日で104日。私たちが現在置かれている状況を、あのとき誰が想像したでしょうか。

 隣国の異変は、驚くほどの速さで世界へ拡大しました。日本でも緊急事態宣言が出され、日常は一変しました。感染はどこまで広がるのか。仕事や学校はどうなってしまうのか。心配でニュースから目が離せないという声が聞こえてきます。

 メディアの報道量は膨らんでいます。「新型コロナ」という言葉が入っている記事を朝日新聞で調べてみると、1月は地域面を含めて258本見つかりました。それが2月には1981本、3月には6519本まで跳ね上がります。4月の掲載数は前半の15日間だけで4893本。読み切れないほどの記事が新聞のページを埋めています。

    *

 大事件、大事故、あるいは大災害ならば、報道する新聞社にも経験の蓄積があります。しかし、これほどの規模の疫病は現役記者世代には前代未聞です。どの程度のニュースとして報じるべきか、初めのうち私は見極められずにいました。

 よく「正しく恐れる」と言いますが、その「正しさ」をお伝えするのは簡単ではありません。

 なにしろ未知のウイルスです。感染力は? 症状は? 終息までにどれぐらいの時間がかかる? 社会生活への影響は? ニュースの重さをはかりかねているうちに現実の方が一気に先へ進んでしまった、というのが私にとっての実感です。

 様々なもどかしさを、記事を読むみなさんも感じていると思います。

 多くのメールや電話が朝日新聞に寄せられています。

 「命の危険が迫っている。新聞はもっと危機感を伝えて」。そんなご意見がある一方で、「見出しが大きすぎる。不安をあおらないで」との声も届きます。

 店や施設への休業要請をめぐり、「いま大事なのは感染防止」と考える人と、「収入が途絶えたら明日から食べていけない」という切実な訴えがぶつかる場面もありました。

 いのちと暮らし。安全と経済。

 大切なものを天秤(てんびん)にかけるような重い問いを突きつけられています。

 この深刻な厄災を、朝日新聞はこれからどう報じていくのでしょう。編集の指揮をとる佐古浩敏ゼネラルエディターに聞いてみました。

 「不確かな情報やデマは世の中の混乱を招きます。事実を正確に、多角的に伝えることが基本です」

 こだわっているのは読者の「知りたい」に応えることだと言います。「新型コロナ面」というページをつくったのは、感染予防や経済対策について、詳しい解説を読みたいという声を受けてのこと。「気になる情報が載っている。かゆいところに手が届くようなページをめざしたい」

 切迫した医療の現場、国や自治体の動き、子どもたちの学びの場、スポーツ界と、幅広い領域で関連の取材が続きます。

 でも、と佐古ゼネラルエディターは言います。

 「緊急事態宣言が解除されても、そこで終わりではありません。コロナがこの時代の何をどう変えていくのか目を凝らしていきたい」

    *

 私たちはいま、歴史の転換点に立っているのかもしれません。

 感染の爆発的な広がりは、いずれ落ち着いていくでしょう。でも、暮らしや経済への打撃は計り知れません。職を失う人たちの生活は。廃業に追い込まれる店や会社は。働き方はがらりと変わるのか。国境を越えた人やモノの移動は。

 「コロナ後」の世界がどんな姿になっていくのか。長い報道が、むしろこれから始まるのだと思います。すぐに役立つ情報はもちろんのこと、揺れ動く日々を記録に刻み、のちの世代に教訓を残すことも、私たち世代の責任です。

 試練の中で迎えたこの春、朝日新聞のパブリックエディターが交代しました。世の中の声と新聞社をつなぐ「橋渡し役」として、社外から新たに招いたのは作家の高村薫さん、憲法研究者の山本龍彦さん、そして福島県在住の地域活動家・小松理虔(りけん)さんの3人です。

 いま、先が見えない時だからなおのこと、読者のみなさんからいただくご意見が私たちの大切なヒントになります。

 朝日新聞のコロナ報道は十分に役立っていますか。ニュースはわかりやすく整理されているでしょうか。本当に読みたい記事、知りたい情報は載っていますか。

 世界を揺るがす災禍と、これから続く長い報道に、みなさんと一緒に向き合っていきたいと思います。

 ◆やまのうえ・れいこ 1985年朝日新聞入社。東京社会部などを経て、社員の立場でパブリックエディターを務める。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える

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