(社説)米大統領選スタート 「自国第一」脱却する論戦を

社説

 米国の政治はいよいよ危機に瀕(ひん)している。相次ぐ異様な光景が、この大国をめぐる信頼の揺らぎを世界に印象づけた。

 年初の演説で下院議長との握手を拒む大統領。報復とばかりに演説原稿を破り捨てる議長。翌日、弾劾(だんがい)裁判が政争むき出しの不毛な幕引きに終わった。

 かつて民主主義を世界に説いた米国の理想は、色あせて久しい。国内で党利党略に走り、国外では米国第一を叫ぶ姿を、世界は憂うばかりだ。

 ■不毛な政争の果てに

 この現状の中で、次の大統領を決める長い選挙が始まった。11月3日の本選に向け、2大政党による党員集会や予備選、党大会や討論などが全米で繰り広げられる。

 対立の連鎖を断ち、多様性の理念のもとに改めて国民を統合できるのか。米外交の良識を取り戻す道は何か。国際秩序の行く末も左右する重大な選択である。自由主義の守り手として築いてきた信頼への自覚を、米国政治は取り戻してもらいたい。

 米国大統領にとっての施政方針演説にあたる一般教書演説。トランプ氏は、選挙集会まがいの修辞と演出で「偉大な米国のカムバック」をうたい、3年間の実績を強調した。

 与党の拍手と野党の沈黙。議場を覆った断絶は、連邦議会が全国民を代表する場になり得ていないことを示していた。

 その構図は、弾劾裁判も同じだった。トランプ氏の「ウクライナ疑惑」をめぐり、議会上院は与党が公言したとおり、早々に無罪の評決を出した。

 外交を選挙目的で利用したのではないかとの疑惑について、与党は上院で証人の招致を拒んだ。弁護人は、再選が公益だと信じて大統領がとった行為は違法ではないとも主張した。

 「トランプ 永遠に」

 無罪が決まった直後に大統領が引用した動画の結末が、問題の根深さを象徴している。

 党派対立の末、議会による抑制の機能は損なわれた。トランプ氏の横紙破りのふるまいにブレーキをかけられない。

 権力の相互監視によって抑制と均衡を図るはずの米国の三権分立が損なわれれば、深い禍根を残すだろう。演説と弾劾の一連の政治劇は、米民主主義の危機をあぶり出した。

 ■細る中間層への配慮

 「トランプ現象はトランプ氏以前から存在し、彼が政権を去っても残る」。米外交問題評議会のハース会長はそう語る。

 確かに、国民の分断を追い風に生まれた型破りの大統領は、社会の病理を体現した「症状」に過ぎないという側面がある。

 3年前のトランプ氏当選以来、にわかに光が当てられたのは、政治から長く見捨てられてきたという意識を抱える白人労働者層の存在だった。

 収入や雇用機会などをめぐる都市と地方との格差拡大や、グローバル化による産業構造の変化などにより、米国の中間層の暮らしは厳しさを増していると言われる。

 不満が移民への憎悪や、既成政治への反発につながり、扇動的な主張をする政治家になびく。そんな現象は、米国に限らず、欧州などにも共通する。

 様々な分断をどう修復し、寛容な多元的社会を築くか。ポピュリズム政治に対する処方箋(しょほうせん)は何か。その答えを探る責任は、共和、民主両党にある。

 トランプ氏は一般教書演説で「ブルーカラー・ブーム」を唱え、支持基盤に対する優遇を約束した。「敵」を強調する分断の政治に明確な対立軸を示せるか、民主党は試されている。

 ■内向きでは道開けぬ

 国際社会にとっての最大の関心事は、国際協調の枠組みを壊す米国の「自国第一」がこれからも続くか否かである。

 この3年、移民・難民に対し門戸を狭め、気候変動やイラン核問題の国際合意から相次いで離脱した。貿易をめぐっては一方的な保護主義に走った。

 ロシアや北朝鮮などの強権的指導者に共感を示す一方、欧州などの友好国は突き放す。そんな「同盟軽視」は、韓国や日本に駐留する米軍の分担金をめぐる理不尽な要求にも表れる。

 目先の損得勘定で判断するトランプ氏の外交は、米国自身の長期的な利益につながらないばかりか、世界を不安定化させる恐れをはらんでいる。トランプ氏は演説で「尊敬される米国」を取り戻したと語ったが、どこの世界のことなのか。

 今のまま再選を果たせば、2期目の白紙委任状を得たと解釈するのは確実だ。選挙戦を通じて、一国主義がもたらした弊害を厳しく問い、国際協調の価値を再確認すべきである。

 トランプ現象の病根をいやす政治の模索は、一朝一夕には進まないだろう。しかし、米国の信頼低下と国際秩序の流動化はすでに起きており、世界全体の将来像を見えにくくしている。

 狭量な党派争いに堕し、内向きの論議に終始する余裕は今の米国にはない。危惧の念を持って見守る国際社会のまなざしを忘れず、実のある論戦を望む…

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