(声)語りつぐ戦争 対岸に原爆、遺体の山を前に無力

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 無職 継松敏夫(宮崎県 93)

 1943(昭和18)年、海軍兵学校(広島・江田島)に75期生として入学しました。広島湾を挟んで15キロほどの広島市に原爆が落ちたのは、74年前、私が最上級生の時でした。

 物理学の授業中でした。青白い光、10秒ほどして百雷の大音響と地響き。外に出ると、木の枝は折れ…

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