第5回世界で繰り広げられる「影響工作」 専門家「日本でも展開」と警鐘

偽情報を追う ネットに漂うフェイクニュース

編集委員・須藤龍也

 プレスリリース配信サービスの運営会社を経由して配信された、沖縄に関する12本の不可解な記事の存在が、朝日新聞の取材で明らかになった。実は同様の事案が、世界中で起きていることを示唆する調査リポートが今年2月、発表されていた。

 「中国国内から運営されている少なくとも123のウェブサイトは、大量の商業的なプレスリリースの中にまじって、親中派による偽情報や人格攻撃を広めている」

 調査を行ったのはカナダ・トロント大学にある研究機関「シチズン・ラボ」。リポートによれば、欧米やアジア、南米の約30カ国にむけたウェブサイトが作られていたという。現地のニュースメディアを装った情報操作キャンペーンであるとして、「PAPERWALL」と名付けた。123サイトを対象国で見ると、韓国(17サイト)に次いで日本(15)、ロシア(15)、英国(11)と続く。

 サイトに掲載された記事の大半はプレスリリースだが、中国国営メディアの記事の引用や、「匿名の偽情報コンテンツ」が混在していたという。

 リポートが「偽情報」と指摘する記事には、中国政府寄りの政治的な内容や、台湾の政治家や中国に批判的な研究者を誹謗(ひぼう)中傷するものが含まれていたという。加えて、米国や同盟国のイメージ低下を狙った「陰謀論」に関する内容もあったと指摘する。

 シチズン・ラボはこれら一連の記事の発信元についても追跡した。いずれも匿名のニュースサイトであり、一見すると運営者はわからない。ところがサイトに埋め込まれたネット広告に着目し、広告配信の契約者をたどると、これも同様に中国にある企業の存在が浮上したという。

地域の視聴者、偽情報増幅のリスク

 調査にあたったシチズン・ラボのアルベルト・フィッタレッリ氏は、「中国政府の見解に沿った政治的なコンテンツを押し出す、大規模な配信ネットワークが作られつつある」と指摘。現地の報道機関を装うことで「地域の視聴者によって偽情報が不用意に増幅されるリスクが高まっている」とした。

 これは、朝日新聞の取材で明らかになった沖縄に関する不可解な記事の配信手法そのものだ。ただ、こちらは中国・常州市の企業によるものとみられ、米グーグル傘下のサイバーセキュリティー組織「マンディアント」が親中派による情報操作工作に関与した企業と名指ししている。

 フィッタレッリ氏は、「マンディアントの指摘した影響力作戦と類似点がある。だが、ペーパーウォールについては、独自の技術と戦術、手法を使う別のキャンペーンであると評価している」とした。

 中国の企業が関与したとみられる、中国に有利な情報が意図的に流されている実態について、どのようにみればよいのか。

 「収益が原動力の民間企業にとって(記事の掲載を依頼した)顧客の動機は関係ない。その結果、中国政府に代わって情報操作活動の役割を果たしてしまっているのではないか」。フィッタレッリ氏は指摘した。

 国際政治と安全保障が専門の東京海上ディーアール主席研究員・川口貴久氏は、一連の記事について、「国家が関与した情報戦に近いものがある」と警戒する。川口さんはここ数年、偽情報を使った国家レベルの「影響工作」を追い続けている。

 影響工作とは、情報操作の一環。相手に不利な情報や偽の情報を意図的に流し、人の意識や感情という「認知領域」に働きかけることで、意思決定や行動に影響を及ぼすことが狙いという。

 米国でトランプ前大統領が初当選した2016年の大統領選をめぐり、ロシア側がフェイスブックに大量の偽情報を流し、投票に影響を与えようとしたとされる。いわゆる「ロシア疑惑」も影響工作の一つに数えられる。

「第6の戦場」各国が対策に躍起

 そのロシアがいま、ウクライナへの軍事侵攻でも偽情報を発信しているという報道がなされている。「陸・海・空・宇宙・サイバー」に続く「第6の戦場」として「認知空間」を挙げ、各国とも偽情報対策に躍起なのは、こうした背景があるという。

 それを容易にしたのが、インターネットやSNSの登場だ。世界に張り巡らされたネット回線が情報を運び、SNSを運営する大手IT企業のテクノロジーによって、関心のある人に向けて特定の情報が集中的に流される「フィルターバブル」状態が作り出される。

 今回、朝日新聞の取材で明らかになった、沖縄独立論がテーマの12本の不可解な記事を読んだ川口さんは言う。

 「日米関係や基地問題に揺れる沖縄は、日本の中でも政治課題になりやすい。そこに中国のオンライン情報操作が行われたとしても何ら不思議ではない」

 沖縄独立に関する主張は、中国でもしばしば話題になる。13年5月に人民日報系の環球時報(英語版)の社説で、「中国は沖縄で琉球列島の独立回復を求める勢力を育成し、実践的に投入を行うことができる」などと論じたこともあった。

 こうした主張に対し、日本の公安調査庁が17年、「中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられる」などと分析したリポートを公表した。

 川口さんは「一連の不可解な記事で展開されているナラティブ(情報戦で語られるストーリー)は、これまでの中国政府や共産党の戦略的利益と合致している」と指摘する。

 川口さんは、シチズン・ラボが明らかにした世界的な情報操作キャンペーンと同じようなことが日本でも展開されていた点に警鐘を鳴らす。

 プレスリリース配信サービスを提供する企業の中には、日本の大手メディアや大手配信事業者と提携しているとうたっているところもある。メディアなどが偽情報と気づかず流した場合、国内に一気に拡散する恐れがあるという。

 「日本は偽情報対策に動き出したばかり。安全保障や防衛の分野でも情報戦に関する議論が始まったところだ。今後、注視する必要がある」(編集委員・須藤龍也)

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    辻田真佐憲
    (評論家・近現代史研究者)
    2024年9月29日13時50分 投稿
    【視点】

    「影響工作」に関して、記事で示されているような懸念があるのも事実です。しかし、その一方で「本当にどれだけ効果があるのか」という視点を持つこともまた重要でしょう。言い換えれば、「影響工作が効果的である」という主張自体が、一種の影響工作である可能性も考えられるわけです。これは、過去のプロパガンダ研究でも指摘されていた点です。たとえば、影響工作をビジネスとしている企業は当然「影響工作は効果的だ」と主張するでしょうし、その対策で予算を取りたい官庁も「影響工作は危険だ(だから予算をつけてくれ)」と訴えるはずです。この分野で生計を立てている著述家や研究者も同様の傾向があるかもしれません。影響工作に気をつけることは大事ですが、同時に過度に恐れすぎて陰謀論的な世界(「大きな組織が裏で情報を操っている」的な)に入っていかないように気をつけることもまた大切だと考えます。

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    鳥海不二夫
    (東京大学大学院教授=計算社会科学)
    2024年9月30日13時0分 投稿
    【解説】

    SNSなどのプラットフォームが影響工作の格好のターゲットとなることは、以前から指摘されています。2016年のアメリカ大統領選挙におけるケンブリッジ・アナリティカ事件は、その典型的な例であり、ロシアの影響が指摘されています。しかし、その影響力の大きさについては、いまだに議論が続いており、認知戦や影響工作が実際にどれほどの効果をもたらすのかは、明確な結論が出ていません。 一方で、人間の認知には限界があり、巧妙な手法を用いれば、ある程度は意図的に誘導できる可能性は否定できません。つまり、現状において効果的な影響工作が行われていないとしても、いつ何時、効果的な影響工作が行われる可能性があるかは予測できません。 過度に影響工作を恐れる必要はありませんが、選挙や災害、パンデミック、紛争などの際に、影響工作の影響を最小限に抑えるための備えをしておくことは重要です。例えば、情報源の信頼性や情報の正確性を常に意識し、鵜呑みにせず、複数の情報源から情報を収集することが大切です。

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