「音楽音痴」の少年がプロのDJに テイ・トウワ、50代で思うこと
定塚遼
「音楽の授業の成績はいつも悪かった。5段階で2のときもあった。嫌いでしたね」。DJで音楽プロデューサーのテイ・トウワはそう振り返る。髪を伸ばしてギターを弾く同級生も苦手だった。「うるさい、髪の毛切れ、と思っていました」
「そこに、YMOが現れたんですよ」
中学2年の終わりごろ、模擬試験からの帰り道に、レコード店の店頭で人民服を着たYMOの映像が流れていた。食い入るように画面を見つめた。
よくゲームセンターで小遣いを使い果たしていたが、「YMOと出会い、この音がレコードで何度でも聴けるならゲーセン行かなくていいや、と思った。考えてみれば、電子音が聴きたくて通っていたんだと思います」
「音楽音痴」だった少年は、高校に入るとシンセサイザーを買い、雑誌で知識を覚え、曲を作った。楽器メーカー・ローランドの賞に応募すると賞を取った。音楽の成績は依然として悪かった。
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