「世紀の鉄橋」撤去完了 南阿蘇鉄道の第一白川橋梁

城戸康秀
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 熊本地震で被災した南阿蘇鉄道の第一白川橋梁(きょうりょう)(熊本県南阿蘇村)の本体撤去が4月末に完了した。90年余りにわたって鉄路を支えてきた「世紀の鉄橋」。今後は橋台など基礎部分の補強・改修工事を進めて来年1月下旬以降に新橋建設に着手し、遅くとも2023年夏の全線開通をめざす。

 両岸が切り立った立野峡谷に全長約166メートルの鋼鉄製の橋ができたのは1927年とされる。川面からレールまでの高さは約60メートルあり、完成当時、後の国鉄で最も高い鉄道橋だった。赤茶色に塗られたアーチ橋は渓谷の緑に映え、車窓からの絶景とともに南阿蘇鉄道を象徴する存在だった。

 16年4月の熊本地震で、地盤が動いて橋全体が水平・垂直方向にゆがんだ。橋の中央部では両端からかかった圧縮力で鋼材が変形。鉄道の起点、立野(南阿蘇村)側のたもとでは崩れた土砂や岩で本体部分も損傷した。修復は難しく、橋を撤去してほぼ同じ外観で新橋を架けることになった。

 工事には「ケーブルクレーン直づり工法」が採用された。橋の両側に立てた鉄塔にケーブルを渡し、つり下げた桁で橋を下から抱きかかえるように支え、最上部のレールや枕木から撤去を始めた。橋の本体部分は両端と上部から徐々に解体し、クレーンでつり上げて運び出した。

 先月29日の作業で橋脚に残っていた最後の鋼材がなくなり、全体で620トン近くあった鉄橋は完全に姿を消した。

 工事を進めるエム・エムブリッジ(本社・広島市)の現場代理人森谷和貴さん(37)は「今のような機材や工法がなかった時代、両岸がトンネルという断崖に鉄橋を架けた工事は想像を絶する。(撤去した鋼材も)地震がなければまだまだ使える状態だった」と語り、当時の技術者たちの偉業をたたえていた。(城戸康秀)

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