<評伝>京都の産業、「知恵」で育む オムロン・立石義雄元社長死去

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 立石義雄さんはいつも人の輪の真ん中にいた。経済団体の懇親会で、ゴルフ大会の前夜祭で、大阪・天神祭の船の上でも。その輪が少しでもほころびると、すっと別の人が入る。

 やっと輪の中に入ると、笑顔の立石さんが「おっ」と右手を挙げる。輪の中にいても、自ら語ることは少なかった。どちらかというと聞き役。その柔…

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