2017年3月17日17時44分
2017年3月17日17時44分
今なら「新入社員」、くだけて言うなら「(店の)若い者」となるのだろうが、一昔前は「若い衆」と呼んだ。若い衆の、「衆」はちぢめ、「わかいし」と言う。私が河岸に入った20年近く前には、すでにお年寄り限定の言葉だったが、どこか懐かしいひびきが気に入り、ひょいと口から出てしまう。
先日、元いた仲卸「濱長(はまちょう)」で、カズヤにホタテガイの今年のできを聞いた。すると言葉より早く、宮城県産と北海道野付産の殻ホタテを手際よくむいて、「食ってみるのが、いちばん」と言って渡してくれた。「ありがとよ」と礼を言いながら、胸に温かなものがこみあげてきた。身に着いたその言葉としぐさは、私が店に入ったころにいたベテランのホタテ担当そっくりなことに気づいたからだ。ホタテのイロハを、彼はそうやって教えてくれた。
カズヤは、私より3年ほど遅れて入ってきた。ヤンキー風で、なにかひとこと言えば、肩をいからせ、つっかかってくる。近寄らぬが身のため、みたいな若い衆だった。それが結婚して、子供ができ、仕事にもまれ、今は店をひっぱるリーダー格のひとりだ。
宮崎県生まれ。婦人画報社の編集者を経てフリーランスに。ファッション誌や料理本などを手がける。1998年、築地市場の水産仲卸「濱長」のチラシ作りを頼まれたことをきっかけに同店で働き始める。2010年から築地市場の文化団体「築地魚市場銀鱗会」の事務局長。著書に『築地魚河岸 寿司ダネ手帖』、編著に『向田邦子の手料理』など。