客船「The World」。世界で唯一とされる「洋上マンション」だ=ホノルル、橋田正城撮影
1室数億円、洋上マンションへ逃げる
豪華客船のオーナーになり、世界を旅するお金持ちがいる。その船がハワイに来ると聞いて5月末、ホノルルに向かった。
名前は「The World」。4万3千トンの大型船だ。客室料金を払うクルーズ船ではなく、船室を買ってオーナーとして旅をする。「洋上マンション」だ。
米国の運営会社に取材を申し込んだが、断られた。だが、1人で船旅を続ける70歳代の日本人男性に会うことができた。
オーナーになって6年。1年のうち3カ月を洋上で過ごす。好きな場所で乗り降りできる。今年は3月にニュージーランドで乗船し、5月にハワイで下りる。再び8月にアラスカ・アンカレジで乗る予定だ。南極や北極を含め数十カ国・地域を訪れた。
「数億円で船室を買った。維持費は年3千万円。税金で取られるぐらいならリタイアしようと思い、資産をいろいろ整理した。子どももいないので気楽だ」
建造は2002年。165室が完売したが、現在は2割ほどが中古で売りに出ている。売却物件は1室31〜180平方メートルで、約5400万〜4億円。年間維持費がざっと1040万〜4304万円かかる。購入の条件は1千万ドル(約8億円)以上の資産があり、犯歴がないことだ。
船内には広いロビーがあり、グランドピアノが置かれ、生け花が映える。せっけんやシャンプーはイタリアのブルガリ製だ。
男性はホノルルに停泊中、船内レストランにオーナー仲間を招いてパーティーを開いた。ギターとピアノの生演奏を聴きながらの食事会。人数が増えたため、昼夜2回に分けた。数百万円を支払った。船内では知り合いを食事会に招きあう慣例がある。
オーナーは年平均150日を洋上で暮らすという。船籍を置くバハマは、所得税や法人税がない。オーナーになって一年の多くを洋上で暮らせば、バハマ居住者と見なされ、日本の税金から合法的に逃れられるのではないか。
節税目的で買いましたか? 男性に尋ねた。「全く考えない。日本に一定の期間住んでいるし、無理でしょう」と答えたあと、こう教えてくれた。「オーナー仲間には、租税回避地として知られるモナコの永住権を取り、節税している人がいる」
限りなく低くなった国境を軽くまたいで逃げ続ける富裕層のお金と、国と分かちがたい税制。割り切れない思いは強いけれど、このままでは勝負はついているように見える。
〈洋上マンション〉
「The World」はノルウェーの会社が建造した。船室を分譲するタイプの客船で「洋上マンション」と呼ばれている。船内には医師が常駐し、野菜や日用品の売り場もある。1港あたり平均2.5日滞在する。居住者が航路を選び、3年先までスケジュールが決まっている。オーナーの半数は米国人で3割が欧州系とされる。日本人も数人いるらしい。長期居住者への課税が可能かどうかは、専門家の間でも見方が分かれている。