中学部活動「ヒップホップ禁止令」生徒ら泣いて抗議 国会で論議も

編集委員・森下香枝

 東京都千代田区立・麴町(こうじまち)中学校で、ダンス部の部活動をめぐって保護者が区の教育委員会に抗議文書を提出する異例の事態になっている。生徒の自主性を重んじる教育改革で有名になった麴町中。だが今回は、学校による事実上の「ヒップホップ禁止令」が発端で、国会でも取り上げられた。なにが起きているのか。

 5月下旬、麴町中の保護者46人から区の教育委員会に対し、ダンス部がヒップホップダンスを発表する場がなくなり、生徒が精神的苦痛を受けた、などとして抗議する文書が提出された。

 保護者らへの取材によると、麴町中ダンス部はここ数年、毎年5月の体育祭と10月の文化祭「麴中祭」でヒップホップダンスを披露してきた。発表に向け、部員たちは週2回、ヒップホップ専門のコーチから指導を受けてきた。

記事後半では、学校の見解や専門家の見方をお伝えします

 ところが昨年、学校側が「今年から体育祭でダンス部のヒップホップ発表の場を設けない」ことを決定。さらに今年3月には秋の麴中祭でもダンス部の発表はしないと決め、部員に通告したという。4月からは、活動内容を「創作ダンス」に変更することを学校側が決定し、コーチも創作ダンス専門に代わったという。

 ショックを受けた部員約20人は涙ながらに「ヒップホップを踊りたい」と訴えたが、決定は覆らなかったという。

 「2、3年生の部員は、CHANMINAやアリアナ・グランデなどの曲にあわせ、一生懸命にダンスの練習をしていた。その成果を披露する場が突然なくなり、泣き出す部員も多くいた」と、40代の保護者は語る。

ヒップホップ 新学習指導要領にも

 ダンスが中学校の保健体育で必修になったのは2012年。ヒップホップは創作ダンス、フォークダンスとともに「現代的なリズム表現のダンス」として中学校保健体育の学習指導要領解説にも記されている。

 アメリカの黒人文化から生まれ、ラフな衣装で、ラップやブレイクダンスなどで構成されるヒップホップは、今では多くの中学校で踊られるようになっている。

 一方、創作ダンスは決まった振り付けはなく、自由な表現で踊る。「創作ダンスとヒップホップは異なる。部員たちは、学校側の一方的な変更で別の部に入れられたようなもの」と保護者は憤る。

 保護者らは学校に抗議。その結果、3年生が引退する1学期末の7月まで、週1回だけヒップホップの自主練習をすることが認められた。しかし、1学期終了後は自主練習も不可となり、退部する部員も出た。

校長「変更するつもりはない」

 学校側はなぜヒップホップをやめさせたのか。校長は取材に「体育祭や麴中祭でダンス部がヒップホップを踊ることに対し、さまざまな意見があった」「ダンス部は運動部なので公式の中体連(日本中学校体育連盟)の大会を目指すべきだと思い、創作ダンスに変更した。ヒップホップは部活でなくてもいいと思う。方針を変更するつもりはない」などと答えた。

 こうした姿勢には、PTAからも「部員たちと話し合わず、部活内容の変更を一方的に学校側が決めたことは他部でもあり、学校へ不信感は広がっている」と不満の声が上がっている。

 保護者は、今回の学校側の一連の対応は、「(部活動は)生徒の自主的、自発的な参加により行われる」と定めた千代田区の「運動部活動ガイドライン」に違反すると指摘。千代田区教委に対し7月12日までに回答するよう求めている。

 区教委は取材に対し、「当事者以外への回答は行っておりません」と回答した。

自主性重視の「麴町中改革」のその後

 麴町中は、2014年に着任した工藤勇一校長(20年に退任)が生徒の自主性を重視した教育改革を掲げ、生徒と学校が話し合って学校運営に関する方針を決めていたという。

 標準服の義務化をTPOに合わせた適切な服装を選ぶに変更、定期試験を廃止したり、教師全員で生徒の相談に乗る「全員担任制」を導入したりとさまざまな改革を行ってきた。だが23年に現校長が着任すると、工藤校長時代に手がけた改革を見直す動きが相次ぎ、24年度の新入生から標準服の着用が復活し、全員担任制もチーム担任制に変更された。

 PTAの1人は「他のクラスの教室には入らない、登下校は届け出た通学路以外は通ってはダメ、授業中、保健室の利用法など細かくルールを定めて文書化するなど、学校主導で生徒への指導強化が進んだ」と話す。

 麴町中をめぐる問題について伊藤孝恵議員(国民民主)が5月21日の参議院の文教科学委員会で「ダンス部でヒップホップが禁止され、泣き崩れる生徒もいた。こういう指導に対する見解は」などと質問。盛山正仁文科相らは、学校の方針決定の裁量は校長にあるとしたうえで、「地域の実情などを考慮して、保護者や生徒とも話し合うべきだ」などと答弁していた。

専門家「価値観の一方的な押しつけは良くない」

 「ヒップホップ・ラップの授業づくり」(明石書店)などの著書がある埼玉大学教育学部の磯田三津子教授は、「教師など大人世代はヒップホップのイメージから、勤勉さを重んじる学校文化とかけ離れていると感じるかもしれない。しかし生徒の世代とは文化が近い。ラップはリズムだけでなく、生徒間のコミュニケーション力、想像力や社会への批判精神などが育つという学習効果も米国で確認されている」と話す。

 ヒップホップの発表の場をなくした麴町中の対応について磯田教授は「中体連に出る、出ないで価値を比較するものではないし、生徒の気持ちを無視し、教師の価値観を一方的に押しつけるのはよくない。生徒の学校離れがかえって進むのではないか」と指摘している。

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 この問題を朝日新聞デジタルで報じた翌日の13日、麹町中は「本校ダンス部に関する報道について」とする保護者向けの文書をホームページで公表。「学校の考え方や活動実態と異なる報道がなされている」と主張し、ダンス部の「現在の活動状況」とし、「週2日の活動で、ヒップホップダンスに特化した練習及び多様なダンスに対応できる基礎基本の練習を実施」と説明した。

 この学校の説明に、複数の保護者が取材に「部員たちは『実態とぜんぜん違う』と言っている」などと指摘。保護者によると、毎週火曜と金曜のダンス部の練習日のうち、ヒップホップの自主練習が許されているのは火曜のみで、「部活が終わる前に自主練習の成果をコーチに見せ、アドバイスを少しもらう程度」という。金曜は創作ダンスの練習のみで、3年生の参加は認められていないという。

 麹町中に改めて取材を申し込んだが、「報道対応はできない」とした。

 スポーツ庁地域スポーツ課の担当者は14日、取材に「なぜ、ヒップホップの大会ではなく、中体連の大会に出るのかなどもきちんと説明する必要はあると思う」と話した。

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 ご意見や学校の部活動をめぐる体験をdkh@asahi.comメールするまでお寄せください。(編集委員・森下香枝)

この記事を書いた人
森下香枝
編集委員|中高年問題・終活担当
専門・関心分野
終活、中高年のセカンドライフ、事件など
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    藤田結子
    (社会学者)
    2024年6月12日10時59分 投稿
    【視点】

    私も「ヒップホップ禁止令」に抗議したいです。いまどき小学生も休み時間や放課後にラップをしている時代に、「大会を目指すべきだと思い創作ダンスに」「ヒップホップは部活でなくてもいい」という理由では、学校側の押しつけに聞こえ、生徒側からは納得できないと思います。ラップもダンスも、自分の感情やスキルを言葉や身体で表現する創造的なものです。 ヒップホップのうち、ダンスにはラップ・ミュージックを使用することが多いですが、ラップは詩を通して黒人差別に対する訴えや抵抗を伝えるものが多いことはよく知られています。そのため、ヒップホップ文化は保守的な白人層から批判されたり、ステレオタイプを押しつけられたりしてきました。また、黒人は貧困層が多いので、貧困層からの訴えを伝える側面もあります。人種や階層の問題と深く関わっている文化だといえます。 そのような文化に対して、支配層の白人が構築した否定的なイメージが国境を越えて伝わり、日本でもヒップホップ文化がステレオタイプで捉えられている部分もあるでしょう。むしろ日本で生きる子どもたちが、理不尽な差別に対抗してきたヒップホップ文化から学ぶことは多いように思うのです。

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    平尾剛
    (スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表)
    2024年6月12日11時30分 投稿
    【視点】

    生徒の気持ちや考えに耳を傾けず、一方的に禁止する学校側の態度が教育的ではない。涙ながらの訴えというのは、生徒による主体性の発露である。どうしてもやりたい、続けたいと、やむにやまれず勇気を持って一歩を踏み出したこの行動を、いったん受け止めもせずに決定をゴリ押ししたのであれば、もはや「先生」と名乗ってはならないし、主体性や自主性を育む教育機関としての使命を打ち捨てたにも等しい。 これは私の邪推だが、この度の禁止令には、ヒップホップへのやや否定的なイメージもまた背景にあると思われる。ある年代から上は、ヒップホップが反社会的な思想を内包していると捉える向きがあり、こうした固定観念に囚われた「大人たち」の無意識的な断定も、この禁止令につながったといえなくもない。ヒップホップは、学習指導要領に基づく中学保健体育科の資料にも記されている。時代とともに価値観は変化してゆくのだから、「大人たち」が価値観の書き換えを怠ればその皺寄せは子供に及ぶ。 TPOに合わせて適切な服装を選ぶ、全員担任性を敷くなど、自主性を重んじる改革で知られた麹町中学校が、まるで正反対に針が触れるように改悪される様は目も当てられず、直接的に関係がない立場でありながらも同じ教育に携わる者としてひどく心が痛む。

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