「中東は崖っぷち」 拡大する戦線、揺らぐ国際秩序 ガザ戦闘1年

イスラエル・パレスチナ問題

イスタンブール=根本晃

 イスラム組織ハマスのイスラエルへの越境攻撃をきっかけに始まった戦闘は、7日で1年が経つ。パレスチナ自治区ガザが主戦場だった戦闘は、今や隣国を巻き込む地域紛争へと発展し、国際秩序を大きく揺るがしている。

 「イスラエルには、自国と国民を守る権利がある。テロを正当化することはできない。イスラエルの安全保障に対する我が政権の支持は揺るぎない」。昨年10月7日、ハマスの攻撃を受け、イスラエルの最大の後ろ盾である米国のバイデン大統領は、演説でイスラエル支持の姿勢を鮮明にした。

 その言葉通り、米国は当初、停戦をめぐる国連安保理の決議案に拒否権を連発。ガザでのパレスチナ人の死者が4万1千人を超え、人道危機が深刻化している今も、イスラエルへの武器支援を続けている。英仏独といった欧州の主要国も、イスラエルの自衛権を認める基本姿勢は変わっていない。

 米欧をはじめとする西側諸国は、ロシアのウクライナ侵攻における民間人の被害を厳しく非難し、強力な経済制裁を科してきた。ガザでの戦闘と単純な比較はできないが、米欧から植民地支配を受けてきた国が多いグローバルサウス(新興国・途上国)にとっては、西側のこうした態度は「二重基準」に映る。人権尊重や法の支配といった西側諸国が重視してきたリベラルな価値観は今、急速に説得力を失っている。

西側諸国の「二重基準」

 一方、停戦や事態の解決に向けた様々な動きもあった。

 グローバルサウスの一角である南アフリカは昨年末、イスラエルのガザでの攻撃がジェノサイド(集団殺害)にあたるとして国際司法裁判所(ICJ)に提訴。ICJは今年1月以降、イスラエルに対して、ガザでのジェノサイドの防止を求めるなど3回の暫定措置命令を出した。7月には、イスラエルによるパレスチナ自治区ヨルダン川西岸などへの占領を国際法違反とし、できるだけ早く終えるよう求める勧告的意見も出した。

 この勧告的意見を踏まえ、国連総会は9月、イスラエルに占領政策を1年以内に終わらせるよう求める決議を賛成多数で採択。5月には、国際刑事裁判所(ICC)が、ハマスの指導者とともに、イスラエルのネタニヤフ首相やガラント国防相の逮捕状を請求した。

 国内のイスラエルへの抗議運動や国際社会の圧力の高まりを無視できなくなった米国は5月末、バイデン氏自ら新たな停戦案を発表。エジプトやカタールなどアラブの仲介国とともに、停戦協議に奔走した。

 だが、ハマスの壊滅を求めるイスラエルと、同軍のガザからの撤退を求めるハマスの溝は深く、本格的な戦闘休止は昨年11月以来、実現していない。イスラエルが自国への脅威を排除しようと好戦的な姿勢を強める中で、むしろ、戦線は拡大している。

 イスラエルは、ガザでの戦闘が始まって以降、レバノンの親イラン組織ヒズボラとも攻撃の応酬を続けてきた。今年9月末には、ヒズボラの最高指導者ナスララ師を空爆で殺害。10月1日にはレバノンへの地上侵攻を開始した。これに対し、イランは同日夜、弾道ミサイル約200発を用いた過去最大規模のイスラエルへの直接攻撃に踏み切った。

 ヒズボラとともにハマスへの連帯を掲げる、イエメンの反政府武装組織フーシやイラクの民兵組織といった親イラン勢力から、イスラエルへの攻撃も続く。情勢は混迷を深める一方だ。国連のグテーレス事務総長は2日、安保理の緊急会合の場で、こう語って停戦を訴えた。

 「中東の人々を崖っぷちへと追いやる、うんざりするようなエスカレーションの連鎖を止めるべきだ。時間はもう無い」(イスタンブール=根本晃)

パレスチナ自治区ガザをめぐる国際社会の主な動き

2023年10月 イスラム組織ハマスがイスラエルに越境攻撃。イスラエル軍はガザへ侵攻

24年1月 国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルにジェノサイド(集団殺害)の防止を求める暫定措置命令

4月 シリアのイラン大使館がイスラエルによるとみられる空爆を受け、イランが報復としてイスラエルを初めて直接攻撃

5月 国際刑事裁判所(ICC)がハマス指導者とネタニヤフ首相らの逮捕状を請求

 バイデン米大統領が新たな停戦案を発表

6月 国連安保理がガザでの停戦を求める決議を採択

7月 イスラエルの商都テルアビブにドローン(無人機)攻撃で1人死亡。イエメンの反政府武装組織フーシが関与を認め、イスラエルは報復としてフーシが支配する港湾都市ホデイダの石油施設などを空爆

 イスラエルが占領するゴラン高原への攻撃で子どもら12人死亡。イスラエルは報復としてベイルートを空爆

 ハマス最高幹部のハニヤ政治局長がテヘランで殺害

9月 国連総会がイスラエルに占領政策を終わらせるよう求める決議を採択

 レバノンでイスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーらが携帯する通信機器が一斉爆発

 日米英や欧州連合(EU)などがイスラエルとレバノンの国境全域で21日間の即時停戦を求める

 イスラエルがベイルートを空爆し、ヒズボラ最高指導者を殺害

10月 イスラエルがレバノンへ地上侵攻

 イランがイスラエルに過去最大規模のミサイル攻撃。イスラエルは報復を宣言

この記事を書いた人
根本晃
イスタンブール支局長|中東・欧州担当
専門・関心分野
国際政治、トルコ、ガザ、ウクライナ、語学
イスラエル・パレスチナ問題

イスラエル・パレスチナ問題

パレスチナとイスラエルの間で激しい武力衝突が起き、双方に多大な犠牲者が出ています。最新の動きをお届けします。[もっと見る]