第5回カビで死んだ2歳の男の子 オーウェルも指摘した「忌まわしい」住宅

有料記事オーウェルの道をゆく 「労働者階級の街」から見た英国のいま

マンチェスター郊外ロッチデール=金成隆一
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 2歳の男児がカビで死んだ――。

 イングランド北部での取材を続ける中、にわかには信じられないニュースがマンチェスター郊外の街ロッチデールから流れてきた。大げさな見出しだろうと思ったが、事実だった。

 2020年12月のクリスマス直前に亡くなった男児の死因について、「家庭環境のカビに長期間さらされたことによる重度の呼吸器疾患」と検視官が発表したのだ。

 男児の名前はアワブ・イシャク。スーダンから渡英した両親と、寝室一つの公営住宅で暮らしていた。父は、住宅の管理団体にカビの苦情を繰り返し、改善を求めたが、対策は講じられなかったという。

 オーウェルの作品「ウィガン波止場への道」にも住宅の湿気についての記述があったことを思い出しながら、この街に向かった。人口11万人。マンチェスターから北にバスで30分ほどの距離にあるベッドタウンだ。

 私が訪問した日、住環境の改善に取り組む市民団体による追悼式があり、アワブの写真が掲げられていた。

 追悼式が始まる直前に「管理団体の責任者が辞任に追い込まれた」との一報がもたらされ、集まった人々から拍手が湧き起こった。年間17万ポンド(約3千万円)もの報酬を受け取りながら、両親の要望に対処してこなかったとして辞任を求める声が絶えなかった。

地元医師「完全に防げた死」

 追悼式では、地元の町医者(GP)、カリーム・ダウォウドがアワブの死を両親に伝えたときの様子や、アワブの死因について住民らに説明した。

 「死後の解剖で臓器が調べられて死因が確定しました。急性喉頭(こうとう)浮腫でした。主要な気管が、重度の急性肉芽腫性気管支炎で腫れ上がったのです。ここに注目すべき言葉があります。『重度』です。この子はたった2歳でしたが、その短い人生のうち数カ月間も重度の炎症に苦しんだのです」

 ダウォウドはエジプトにルーツを持ち、アラビア語を話すため、アワブが亡くなった日、両親への通訳として呼び出された。

 「私は、お母さんに『蘇生措置を止めます』と説明しました。医師ですから、同じような説明は何度もしてきましたが、今回はこれまでと大きく異なることがありました。お母さんの表情です。彼女は『だから言ったでしょ』という表情をしていました。『こういう結末になることは分かっていた』という思いだったことが明白でした」

 そして、こう続けた。「完全に防げた死だったのです」

作家オーウェルが85年以上前に取材した住宅の湿気問題は、今も未解決でした。記事後半では、2歳児がカビで死んだとされる住宅を訪ね、住民の話を聞きました。寝室の湿気がひどいため、廊下や居間で寝ているという子どもたちに出会いました。

■今も、カビに悩まされる住民…

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    清川卓史
    (朝日新聞編集委員=社会保障、貧困など)
    2023年7月30日20時5分 投稿
    【視点】

    この連載記事はどの回も、英国の地方で生きる人たちの空気感のようなものが伝わってきて、長めの記事ですけれども、熟読しました。私が日本の生活困窮の現場を取材していることもあって、フードバンクの利用者ら生活に困窮した人たちの報告については、特に強

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