伊藤裕香子

編集委員
専門・関心分野税財政、くらしと消費、地方経済

現在の仕事・担当

日々のくらしの現場から、「公」や税のありよう、産業のいまと未来、だれもが暮らしやすいユニバーサル社会の姿を追いかけています。

バックグラウンド

取材記者、そして社説を書く論説委員としては、流通・小売りなどの民間企業や消費の現場、経済政策の決定過程などを長く取材してきました。管理職では、経済部やオピニオン編集部の次長、経済部長などを経験。2022年9月からは再び取材記者として、東海地方を拠点に全国の最前線の現場に足を運んでいます。

仕事で大切にしていること

さまざまな声を聞き逃さず、課題をしっかりとらえてわかりやすく速やかに伝える「足で書く記者」をめざしています。

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政治家の「ご当地ネタ」と言葉の重み 言いっ放しにさせない民意を

■記者コラム 「多事奏論」 編集委員・伊藤裕香子  街頭演説は西へ東へ、討論番組もあちこちで。選挙となれば政治家の言葉が、永田町から離れた場所であふれ出す。  自民党総裁選では、遠く向こうに小さな候補者をのぞむ名古屋市の広場で、街頭演説会の幕が開いた。国会での論戦や討論会と違うのは、大勢の聴衆に向けた「ご当地ネタ」がほぼ必ずはさまれて、公約とセンスの競演を見られること。後に激戦を勝ち抜く石破茂さんは持ち時間10分の終盤に、東海地方で親しまれる名古屋の味を差し込んできた。  「いま物価、高いじゃないですか」と呼びかけて、相次ぐ値上げの象徴としてお米と共に選ばれたのは、フードコートでよく見かける「スガキヤ」のラーメンだった。「この間まで390円だったんだから。いまなんと430円」  40円値上げの地域なじみのメニューが国のトップを実質決める舞台の上に。1時間以上も立ったままの聴衆から、ひときわ大きな拍手が送られる。「石破さん、よく知ってるなあ」。20代とおぼしき男性3人組が感心している。  身近なテーマや耳に心地よいフレーズは、やはり印象に残りやすい。  石破政権の発足をはさんだ1週間は、同じ愛知県の岡崎市長選へ足を運んだ。コロナ禍まっただ中の4年前の選挙で、生活支援の公約に「とにかく全市民お一人に5万円お戻しします」を掲げて当選した中根康浩市長と、3選を阻まれた前市長のリベンジマッチが始まっていた。  製造業が多く財政的に豊かな自治体の5万円の現金給付案は、大河ドラマ「どうする家康」よりひと足早く、「岡崎」の名を全国に知らしめた。しかし、未来の市民に負担を強いるなどの理由で市議会で否決され、実現していない。  前回選挙で連呼した市民との約束を、中根さんはどう語るのか。ビラには「一律5万円はできませんでしたが」とあるが、告示前の公開討論会や初日の第一声、最終日の訴えに耳を傾けても言及はない。開票結果が出た深夜。敗因と前回の公約との関係を尋ねると、「だとしたら、公約を掲げて当選した市長の提案にどんな理由があっても議会は尊重して、同意すべきだとなる。二元代表制ですから。説明が足りなかったことはないと思う」と言葉を絞り出した。  「できないこと、そのままですか?」  市内で聞くと、有権者はあの公約を忘れていなかった。「何を基準に投票すればいいのか、難しい。決め手がなくて」という22歳の女子学生と話し込む。  最近は、候補者自らがネット上でさまざまに発信する時代だ。政策のすべては頭に入らなくても、現職ならば前回訴えた公約を、新人ならば今回の公約を次の選挙で、しっかり総括できる人を一つの基準にしてもいいのかも。そんな話をひとしきりして、学生と別れた。  石破さんがあの演説で、ご当地ネタに続けて訴えたのは「賃金を上げ、医療、介護、年金のしくみを根底から見直して将来の不安を取り除きます」という、国民全員にかかわるセーフティーネットの公約だった。しかし自民党は裏金問題や党内政局に忙しく、国民との約束を最優先にする姿勢は見えない。政治家の言葉の先を見通せないまま、取り除かれるはずの「将来不安」が増していく。  公約の言いっ放しは打ち止めに。実現しなかった約束は説明責任を果たして。期待するだけ裏切られる思いはぬぐえなくても、政治の体質改善は「民意」で迫るしかない。総選挙はすぐに始まる。

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なぜ「宿泊税」が経済活性化の起爆剤に? 常滑市長が語る観光戦略

 中部国際空港(セントレア)のある愛知県常滑市では、来年1月6日から1泊200円の宿泊税を取ります。著名な観光地でもなさそうなのに、なぜ常滑市が? そもそも「常滑」って何と読む? 導入のねらいと全国に広がる宿泊税の議論について、伊藤辰矢市長に聞きました。 ■人口6万人、宿泊者79万人  愛知県常滑(とこなめ)市は、名古屋から特急で南に30分、知多半島にある人口6万人弱の小さな自治体です。中部国際空港があり、空港島には大きなコンサートなどにも使われる愛知県国際展示場もあるため、コロナ禍前は年間110万人の宿泊者がいました。宿泊客は空港や展示場の利用者・関係者が大半です。5類に移行後は展示場でのイベントも増え、昨年度は79万人まで戻り、今後も増えると想定しています。  来年1月6日から宿泊税を導入し、1人あたり1泊200円をいただきます。導入するのは、その税収を使って観光施策を進めることが、地域活性化の起爆剤になると考えたからです。  市には国際空港と国際展示場という二つのメガインフラはありますが、空港を経由して京都や岐阜県の飛驒高山を回る外国人観光客を含め、多くの方々は「常滑」のことはよく知らずに来られます。SNSを見ていると「どこにあるの」「なんて読むの」という感じですね。  また宿泊室数は県内では名古屋市に次いで多く4300室あり、その7割は空港島内にあります。外国で、空港の近くに泊まった場合を想像してみてください。交通手段や近場の飲食店がよくわからないと、なかなか出かける勇気は出ません。同じように、常滑のことをよく知らない宿泊客の方が、仕方なくコンビニで食事を買って部屋で食べるのでは機会損失です。どこにおいしい店があるかがわかって簡単に行ければ、市内の飲食店に向かおうと考えます。  つまり、空港や展示場の利用、観光地への移動の途中に通過するだけではなく、「滞在して楽しめる『観光地とこなめ』」の魅力を高めたいのです。  宿泊税導入に先立って観光戦略プランを策定するにあたり、来訪者が何を求めているかを調べました。私たちが見せたいものと来訪者が求めているものが違っていました。従来は歴史ある「やきもの散歩道」を前面に押し出していましたが、最近は常滑焼を使うカフェや夕日の見えるビーチなどを交えたPRに力を入れています。国内外からの観光客やビジネスの出張者、友人同士や家族連れなど、「どんな人でも楽しめる観光地」だと伝わる動画もつくっています。宿泊税を活用して、空港島と市内各所を結ぶ無料シャトルバスも運行する予定で、実証実験を始めました。旅行会社向けの展示会にも出展して、空港の背後地として便利なところだとPRし、空港を活用した旅行プランも一緒に考えていきます。  宿泊税の税収は、年間宿泊者をのべ100万人と想定して2億円を見込んでいます。一般会計の年間予算規模は約250億円、他にもやらなければいけない施策があるなかで、観光の優先順位は上がりにくい。観光だけに充てられる財源を目的税でしっかり確保できれば、大胆なプロモーションにお金をかけて市の知名度を高め、より大きな経済の好循環を生み出せます。  今でもイベントによっては宿泊施設や飲食店が予約で埋まってしまいます。大きな好循環からさらに需要が見えてくれば、将来的にホテルや飲食店は増え、市内だけでなく近隣自治体にも波及していくでしょう。  他の自治体から「どうやって宿泊事業者の理解を得られたのか」と問い合わせを受けることもありますが、それぞれの地域事情に応じた導入目的が何よりも大切です。検討段階では、「宿泊税を取るとお客さんが減る」という意見もありましたが、私たちは「ただ通過するのではなく、滞在して楽しんでもらう。そのために『常滑』の知名度を上げる」という課題が明確でした。宿泊施設には、ゆくゆくはそれが市内全体へと波及する好循環につながることを、見込まれる利点としてしっかりと説明しました。  ともに地域を支えていく宿泊施設などからの賛同を得るには、まずつくりたい未来像をはっきりさせることが重要です。宿泊税を活用し、10年くらいかけて、日本中の人に「常滑」を知ってもらえるようにしたいです。 ■伊藤辰矢さん  いとう・たつや 1978年生まれ。介護施設で働いた後、衆院議員秘書に。常滑市議、愛知県議を経て、2019年から現職。現在2期目。

なぜ「宿泊税」が経済活性化の起爆剤に? 常滑市長が語る観光戦略

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各地で広がる宿泊税 「取りやすい人から取る税」にしないためには

 旅館やホテルに泊まったとき、宿泊代とは別に、1泊あたり100円や200円などを払うことがあります。「宿泊税」です。北海道から沖縄まで、全国各地の自治体で導入に向けた検討や議論が進み、ブームさながらに広がる可能性もありそうです。観光政策にくわしい日本総研の高坂晶子さんに聞きました。「取りやすい人から取る税」にはならないのでしょうか? ■予算が確保できなくなっている実態  米ハワイをはじめ、欧米では宿泊税は珍しくありません。国内では2002年に東京都が始め、大阪府や北海道倶知安(くっちゃん)町など有名観光地で17年以降に導入が進みました。コロナ禍で議論は一時中断しましたが、今年9月末現在で13自治体が制度化、50ほどの自治体が検討中と動きが活発になっています。  自治体の独自財源として導入したいという動きが広がる背景には、観光客の受け入れ態勢を整えるための予算を、自治体が十分に確保できなくなっている実態があります。  少子高齢化が進み、自治体予算では社会保障費が相当の割合を占め、年々伸びています。一方、外国人を含めて地方に足を運ぶ人は増えても、国からの地方交付税交付金は変わりません。交付額は、その自治体の人口などを基に行政サービスに必要な財政需要を計算して決まりますが、そこには一時的に訪れるだけの「交流人口」は含まれないからです。  「宿泊税を取ると客が減るのでは」とタブー視してきた旅館やホテルの業界に最近、賛同の意見が見られるのは、こうした自治体の厳しい懐事情への理解が進み、むしろ宿泊税を活用して観光振興を図るほうが「得策」と考えを変えつつあるからだと思います。  しかし、強制的に徴収できる税の取り扱いには、それなりの節度が求められます。1泊あたり数百円であっても、住民の懐は痛まず、来訪者が払う。公共事業などと比べて金額が小さく、使い道に関心を持つ人は限られ、自分ごとになりにくい。「取りやすい人から取る税」になりかねません。  宿泊税は法定外目的税、つまり地域の特殊な需要に対応するために導入が認められる財源です。自治体にとって大切なことは、「重たい税金を住民以外から徴収してまで、何をしたいのか」をはっきりさせ、納得のいく説明をすることです。使い道について、住民との意識共有も重要です。  観光客の急増対策と言っても、具体的に何に何年かけて取り組むのか。他にやるべきことはないのか。優先順位づけは難しい。観光はすそ野の広い産業と言われます。街並みの手入れやごみ対策、災害時の避難所や医療機関の受け入れ態勢づくりも含め、幅広い分野が「観光対策」になりえます。事業が総花的になる可能性は小さくありません。  目の前の対策にお金が必要だから「税金を取って当然」ではなく、来訪者にもしっかり意義を説明して、気持ちよく協力してもらい、また訪れてもらう。長い目での好循環を見据え、目的税の趣旨が揺らぐことのないしくみにすることが、よりよい観光地づくり、地域全体のまちづくりに欠かせません。  そして使い道に限らず、制度設計がかなり自由なのは法定外目的税の利点でもあるので、対象者をどう設定するかも焦点です。たとえば、将来のリピーターづくりを念頭に、修学旅行や合宿で来る学生には宿泊税を免除したり、連泊する場合は引き下げたりすることも一案です。  また、日本ではいま「1泊あたり何百円」の定額制が多い。そのほうが税額の計算は簡単ですが、私は、海外で多くみられる定率性を日本でも広げてはと考えます。宿泊代が1泊数十万円の時と数千円の時に同じ税額とするより、「宿泊代の何%」という定率性のほうが、税の公平原則にかなうのではないでしょうか。また、定率性には、物価上昇にあわせて機動的に税収が増える利点もあります。  ただ、税収が宿泊客数に左右される宿泊税は、ふるさと納税やクラウドファンディングと同じく安定財源とはいえません。観光分野に使うお金は、宿泊税だけに頼るのではなく、事業者の分担金など、税以外の財源も組み合わせた形を模索することが望ましいと思います。  そしてコロナ禍で来訪者が激減したように、深刻な事態が突発的に生じる場合への備えもいります。予算は単年度で使い切る、という財政の原則の例外にはなりますが、いざという場面で使えるよう、基金化しておく議論もあっていいと思います。 ■高坂晶子さん  こうさか・あきこ 1990年日本総研入社。専門は観光政策や地方分権など。著書に「オーバーツーリズム 観光に消費されないまちのつくり方」。

各地で広がる宿泊税 「取りやすい人から取る税」にしないためには
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