(社説)ウクライナ侵攻1年 戦争の理不尽 許さぬ知恵を

社説

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 「ウォーン」。サイレンが鳴り響く。授業が打ち切られ、生徒たちはカバンを背負って、校舎地下のシェルターに一斉に階段を駆け下りていく。ウクライナの首都キーウで、1年前まではなかった「日常」である。

 11年生(高校2年)のビクトリアさんは、この戦争が始まるまで、将来は成功して美しくなって、きれいな服を買いたいと夢見ていた。「今考えるのは平和、自由、勝利のことだけ」

 戦争の非道は、弱き者により重くのしかかる。命を奪われた子供、家族や住み家を失った子供。少なくとも6千人の子供たちがロシアの手で「再教育」のため連れ去られた――。そんなおぞましい報告もある。

 この理不尽に終止符を打たねばならない。戦争を終わらせられるのは、戦争を始めたロシアだけだ。侵攻から1年にあたりプーチン大統領に改めて強く求める。侵略をやめ、ウクライナから軍を撤退させよ、と。

 ■深く刻まれた憎しみ

 数日で首都を攻略するという1年前のロシアのもくろみは早々に外れた。ウクライナをロシアのいいなりにする狙いも、完全に裏目に出た。

 ウクライナ人の心には、幾世代も続くであろうロシアへの憎悪が深く刻まれた。伝統ある劇場は、プーシキンやチェーホフなどロシア作家の作品を演目から外した。支配人は語る。「幼子を含む大勢が殺された。数十年、数百年は彼らを許せない」

 ロシアが手放したのは「隣国との絆」だけではない。英国防省によるとロシア軍の死傷者は最大で20万にのぼるという。多くの前途ある若者、国際秩序に責任を負う大国の威信と信用も、失った。つまり、ロシアは未来を失ったのだ。

 戦争の被害者はウクライナだけではない。食料やエネルギーの高騰など、影響は全世界に広がる。ここでも犠牲となるのは貧困層などの社会的弱者だ。

 それでもプーチン氏は3日前の年次教書演説で「祖国防衛」の戦いを続けると強弁した。

 戦争はいったん始めると、終わらせることの方が難しい。終戦に導く方策を尽くすだけでなく、そもそも戦争を始めさせてはならない。この教訓を今こそかみ締め、そのための知恵を絞る必要がある。

 ■西側への不信直視を

 まず、戦争が1年前に突如始まったわけではないことを、確認しておきたい。

 ロシアは2014年にウクライナ領土であるクリミア半島を占領して自国領だと宣言。さらに軍事介入してウクライナ東部に政府支配が及ばない領域を作り出した。欧米は東部での停戦を仲介する一方、明白な主権侵害であるクリミア占領には事実上目をつむった。日本は北方領土問題の解決を期待してロシアへの経済協力に突き進んだ。

 さらに歴史をさかのぼる。冷戦勝利に浮かれた西側の傲慢(ごうまん)がロシア国内に反発を醸成したのではないか。人権弾圧を見過ごし、強権的なプーチン統治をゆるしたのではないか。

 世界が決してロシア批判で一枚岩となっていない現実も、直視せねばなるまい。特にグローバルサウスと呼ばれる新興・途上国で今回の戦争から距離を置く国々が目立つ。

 先進国が振りかざす「正義」や、自国優先の二重基準が、冷ややかな視線を浴びている事実に真摯(しんし)に向き合う必要がある。

 これまで忘れられがちだった地域の紛争や圧政、貧困、気候変動、感染症などの問題に支援の手を差し伸べ、共に解決を図ることが、長期的な世界の安定のために欠かせない。

 ■「法の支配」で結集へ

 はっきりしているのは、侵略が成功する前例を残してはならないということだ。違法行為を防ぎ、止める実効的な枠組みが欠かせない。

 その意味で国連の非力はきわだった。第2次大戦の戦勝5カ国が安全保障理事会で平和維持の責任を負う一方で、拒否権も持つ「大国一致の原則」の弊害が図らずも露呈した。

 もはや特定の大国に紛争解決や平和維持を委ねる時代ではない。政治体制も統治理念も様々な国からなる国際社会が、全体として責任を持つ集団安全保障を模索すべき時だ。

 ただし、バイデン米政権が説く「民主主義対専制主義」といった対立軸では、かえって世界の分断を深める恐れがある。

 ここは「武力による一方的な国境変更は認めない」という法規範を掲げたい。国連憲章がうたう基本ルールであり、大多数の国が同調できるはずだ。

 「法の支配」で国連加盟国が結集し、国際社会の一致した対応を促す。そんな国連のありように向け、日本などが改革を主導していくことを望む。

 改めて、キーウのビクトリアさんの訴えに耳を傾けたい。「私たちの子供、将来の世代には、戦争がいったいどんなことなのかを実感しなくてすむようになって欲しい」。この夢が実を結ぶよう努める責務が、この時代を生きるだれにもある。

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