(社説)福島の事故から11年 原発回帰は未来に禍根残す

社説

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 東日本大震災が発生したその日に、政府が出した「原子力緊急事態宣言」は、いまだ解除されていない。東京電力福島第一原発事故の痛手は11年たっても重くのしかかる。原発は、再び事故が起きれば国が立ちゆかぬ恐れがあるうえ、核のごみ問題も未解決だ。にもかかわらず、気候変動対策を名目に原発を積極活用する声が増えてきた。脱炭素は原発なしで達成可能であり、イメージ先行の原発回帰は未来に禍根を残す。事故の風化が懸念されるいま、脱原発の決意を再確認する必要がある。

 ■なし崩しは許されぬ

 政府は昨年、2030年度に温室効果ガスを13年度比で46%削減する目標を示し、50年の排出実質ゼロを法律に明記。エネルギー基本計画も改定したが、原発の将来を本格的に考える議論にはならなかった。「再生可能エネルギーを最大限導入し、可能な限り原発依存度を下げる」という計画の目標に、真摯(しんし)に取り組む姿勢はみえない。

 他方、脱炭素や電力の安定供給、エネルギー自給を理由に、原発の利用を促す発言が政治家や経済界から相次ぐ。EUが条件付きながら、原発を温暖化対策に役立つと位置づけたことも、回帰の論調を勢いづける。岸田首相が策定を指示したクリーンエネルギー戦略では、小型モジュール炉(SMR)や核融合の研究も推進するという。

 政府は実現していない新技術への期待は語るのに、国内で賛否が割れる原発の新増設や建て替えは、産業界から求められても正面から向き合わない。原発がもたらす便益と危険性を具体的に示したうえで、政府の方針を説明し、国民の判断を求めるという過程を避けたまま、なし崩しで原発回帰を進めることは許されない。

 原発は発電時に二酸化炭素を出さず、軽水炉は技術が確立しているという理屈が語られる。しかし、太陽光や風力、水力、地熱も発電時に二酸化炭素を出さず、技術も確立している。

 ■潜在力大きい再エネ

 日本は「平地面積あたりの太陽光発電の設備容量が既に世界最大水準」「洋上発電に適した遠浅の海が少ない」との主張もある。しかし、環境省の推計では経済性を加味した適地に限っても、再エネ発電の潜在力は今の年間電力供給量の最大2倍ある。自然エネルギー財団やNGOなどはそれぞれ、原発なしで30年度の政府目標を達成し、50年に原発や火力発電なしで実質ゼロを実現できると試算する。

 再エネの潜在力は大きい。

 例えば太陽光。瀬川浩司・東京大学教授によると、パネルを設置する戸建て住宅は現在は1割だが、2割になれば1300万キロワット、荒廃農地を半分転用できれば9500万キロワットが見込める。1基100万キロワットの原発数十基分になる。

 政府は、30年度の電力の20~22%を原発に頼るという、国内で稼働する原発を劇的に増やさなければ達成できない非現実的なエネルギー基本計画に、固執するべきではない。

 原発は経済的だという従来の主張も揺らいでいる。経済産業省の試算でも、30年の発電コストは、事業用の太陽光が1キロワット時あたり8円台から11円台後半なのに対し、原発は11円台後半以上。洋上風力は30年で26円台前半と試算されたが、昨年末の秋田、千葉沖の入札では、海外で実績を積んだ三菱商事などのグループが11・99円から16・49円で落札した。再エネの技術開発や運営効率化に遅れれば、世界に取り残される。

 ■当時の思い忘れずに

 再エネは、天候に左右されるが、蓄電設備の整備や送電網の使い方の工夫などで克服していける。日本の再エネ関連の特許保持数は世界一。経済成長にもつながる強みを生かす時だ。

 防災や景観、生態系への影響に配慮は必要だが、市町村が住民の意見を聞きながら再エネ導入を進める制度が設けられた。環境省は計画中のメガソーラーに対し環境アセスメントで見直しを求め、災害の恐れがある計画に厳しい姿勢も示している。

 エネルギー自給や防災を考えても再エネは有利だ。自給電源であり、分散型で地域や家庭で電力を賄えれば、送電網や発電所の被災時への備えになる。

 核燃料サイクル計画の問題も忘れてはならない。高速増殖原型炉もんじゅ廃炉など、計画は破綻(はたん)している。使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地をめぐる「文献調査」は始まったが、決まる見通しはなく、地震や火山が多い日本は地下の長期安定性の確認にも限界がある。

 朝日新聞は震災後、「原発に頼らない社会を早く実現しなければならない」と提言し、段階的削減の重要性を訴えてきた。その主張は揺るがない。ロシアのウクライナ侵攻も原発を持ち続けるリスクを痛感させた。原発事故は国の存続にかかわり、完全に防ぐことはできない。

 福島から遠い地域でも毎日の放射線量を見詰め、不安に暮らした日々を忘れてはならない。

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