(社説)民主主義の試練と世界 弱者への視点を強みに

社説

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 コロナ禍という脅威が目の前の世界に広がっている。

 多くの国が有効な対策を探しあぐね、人びとが政府へのいらだちを隠さない。

 その不安や怒りは、ときに国のかたちや体制に対する疑念にもつながる。

 深まる混迷のなかで、民主主義という制度もまた、そのありようが問われている。

 ■勢いを増す権威主義

 パンデミックによる世界の累計感染者は約8400万人。うち4分の1近くを占め、もっとも多い国が米国である。

 一方、ウイルスが最初に確認された中国では昨春以降、新規増加が抑えられ、発表累計で米国の200分の1にとどまる。

 覇権を争う2大国。民主主義の代表格を自任してきた米国が威信を失い、権威主義を強める中国が感染を抑え込む。

 新型コロナはいまだに謎が多い。比較は難しいとはいえ、体制の優位をめぐる議論が一部に生じるのは無理もない。

 社会の利益を安定的に確保するのは、民主主義か、権威主義か――それはコロナ以前から世界に投じられた問いだった。

 日米欧の対中意識は軒並み悪化しているが、新興国途上国では中国式のような統治に近づく動きがあとを絶たない。

 スウェーデンの国際調査機関によると、市民の自由や政治参加などの基準に照らして「民主主義国」と認定できる国の数は一昨年、18年ぶりに「非民主主義国」の数を下回った。

 それにコロナが拍車をかけており、さらに相当数の国が民主主義を後退させる「高い危険」の状況に陥っているという。

 先進国でも民主主義への視線はかつてと同じではない。

 グローバル化に伴う格差の広がりや中間層の揺らぎ、移民や難民問題などを背景に、多様な価値観を認めあう民主主義のあり方は論議を呼んできた。

 トランプ米大統領ら一部の指導者は、問題の根源に取りくむどころか、逆に民衆の怒りをあおることで人気取りを図った。

 ■政治の慢心に戒めを

 コロナ禍はそうした民主政治の劣化に追い打ちをかけたとみるべきだろう。選挙の勝者が社会全体を底上げする責務を忘れていた問題が、疫病の恐怖のなかで噴き出したのだ。

 一方の権威主義もまた、多くの矛盾に直面している。

 都市を全面封鎖するような強権策は得意だが、情報を共有して市民の自立的な行動を促したり、地域の事情に合う対応をとったりする施策では権威主義は民主社会に及ばない。

 中国の情報隠蔽(いんぺい)の体質がどれだけ感染被害を広げたか。共産党言論の自由を封じるのは、体制の危うさを覆い隠すのに必死なことの表れでもある。

 「民主的諸制度は支持者に満足される政策を生み出す限りにおいて尊重される」と、体制比較の研究で著名な政治学者フアン・リンスは記した。今で言えば、コロナ禍を克服し、人びとが未来に希望を見いだせるような方策が求められている。

 「民主主義は状態ではない。行動だ」。米副大統領に就くカマラ・ハリス氏は昨年の大統領選の勝利演説で語った。

 「民主主義は保障されているものではなく、私たちが守ろうとしてこそ強いものになる」

 トランプ現象の果てに米国が得たその教訓は、世界にとっても重い意味を持つ。民主主義とは、政治の慢心のたびに見失う正道を確かめ、自らの歩みを修正する不断の努力なのだ。

 ■多様性が生む強さ

 コロナ禍で閉鎖された都市・武漢の作家、方方氏は「国の文明度を測る基準とは何か」との示唆的な論考をしている。

 「高いビルがあるかでも、強力な武器やハイテクがあるかでもない。唯一の基準は弱者にどういう態度を取るかだ」

 全体の秩序を重んじる権威主義に対し、個を尊ぶ民主主義が持つ強みは、そこにある。声なき声に耳を澄まし、誰も置き去りにしない決意が求められる。

 日々の暮らしに不安を抱える低中所得層、コロナ禍と闘う医療・物流の人びと、子育てに悩むひとり親、病や障がいと生きる人びと……。多様な人びとが参画し、ともに難題に取り組む共同体を築かねばならない。

 海外を見れば、隣の台湾にも学ぶ点が多い。自らを「性別なし」とするオードリー・タン氏はIT相に当たる職を務め、コロナ対策で効果的なマスク管理システムを築いた。

 「私は政府とともに働いている。政府のためにではない」。そう語るタン氏のような存在が能力を発揮できる社会こそ、民主主義の強さだろう。

 冷戦時代、ケネディ米大統領は「多様性が安全な世界を生み出す」と説いた。

 コロナ禍が生んだ人々の不安を払拭(ふっしょく)するうえでも、社会の分断を埋める必要がある。

 対立する意見が交わることのできる対話の場を取り戻す。弱者や少数者への視点を守り育てる。そこから民主主義の再生を図っていかねばならない。

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