(社説)黎氏の起訴 香港の不当な言論封じ

社説

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 中国による統治から逃れた少年が、香港で民主運動を引っぱる実業家に成長した。そんな立志伝中の人が、黎智英(ジミー・ライ)氏(72)である。

 中国共産党への歯に衣(きぬ)着せぬ批判を続ける香港紙「リンゴ日報」を25年前に創業し、複数のメディアを運営する言論界の重鎮としても知られる。

 その黎氏が先週、香港国家安全維持法国安法)違反の罪で起訴された。

 裁判所に現れた黎氏は、両手と腰を重々しい鉄の鎖で縛られていた。それでも、傍聴席の支援者らに笑顔を向け、何度も無言でうなずいていた。

 反体制的な言動を取り締まるために中国が作った国安法による起訴は、これで4人目。今回は初めて「外国勢力」との結びつきが問われているという。

 外国の関係者に中国や香港への敵対行動を呼びかけ、国家の安全に危害を与えた――というものだ。

 黎氏にとって起訴は覚悟していたことなのだろう。8月に逮捕されたあとも、リンゴ日報の会見に応じる形で「刑務所に入れられても声を上げ続ける」と力を込めて訴えていた。

 黎氏は広州市出身だ。幼少期に父親が香港に亡命し、母親が当局に収容された。12歳の時に香港に逃れ、その後、さまざまな事業を成功させた。

 1989年、北京で民主化を求めた学生らが武力弾圧された天安門事件がおきた。衝撃を受けた黎氏は、雑誌や新聞を創刊し、中国の党指導者らへの厳しい論調を展開してきた。

 香港警察は今回、リンゴ日報の関係者も拘束し、社内の家宅捜索で大量の資料を押収した。自由な報道を封じようという当局の狙いは明確である。

 それ以前から、香港のメディア界では中国企業による買収が進み、自己規制の動きが強まってきたとされる。

 テレビ局のなかには調査報道や中国報道にかかわる記者を大量解雇したところもある。黎氏の起訴で、言論界がさらに萎縮することが懸念される。

 「私は手ぶらで香港に来た。得られたものはすべて、香港に自由があったおかげである。今度は私が命をかけて恩返しをする番だ」。黎氏はかねて、そう語ってきた。

 中国政府は「報道の自由を口実に、中国の国家安全と香港の繁栄と安定を脅かすことはできない」と主張している。まったく当を得ない見解である。

 香港の繁栄を築いたのは、言論を押しつぶす鉄鎖のような強権ではない。異論を包容し、黎氏のような人物を育てた社会の強靱(きょうじん)な自由こそが、香港の豊かさの源である。

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