(科学の扉)コロナ治療に既存薬? 他ウイルスと「一生」類似/リウマチ薬にも期待=訂正・おわびあり

科学の扉

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 新型コロナウイルスの治療薬候補として、新型インフルエンザなど別の病気に対する既存薬が挙げられているニュースが目立つ。なぜ、こうした既存薬が本来のターゲットではない新型コロナウイルスに効くと期待されるのか。

 既存薬の転用が期待されるのは、ウイルスの「一生」が似ているからだ。

 ヒトは2本鎖のDNAで遺伝情報を保持しているのに対し、新型コロナウイルスやエボラウイルス、インフルエンザウイルスはいずれも1本鎖のRNAを持つ。ウイルスは自らRNAを複製して増殖することができないため、感染先の細胞に入り込み、それを利用して増殖する。

 細胞の表面には、生体内の反応に欠かせない様々なたんぱく質が出ている。ウイルスは細胞内に入るために、自身の突起とこのたんぱく質を結合させる。ウイルスによって結合するたんぱく質は異なり、新型コロナウイルスは「ACE2」というたんぱく質に結合する。

 結合後、ウイルスの膜と細胞膜が融合され、ウイルスは細胞内に入り込む。その融合には酵素が必要だ。東京大の研究チームは、膵炎(すいえん)の治療薬「フサン」が、新型コロナウイルスが利用する酵素の働きを抑えることを確認。治療効果があるかを確かめる臨床研究を進めている。

 細胞内でウイルスはRNAを放出。RNAが複製される。

 この複製を阻害するのが、エボラ出血熱の治療薬候補として開発された米ギリアド・サイエンシズ社の「ベクルリー」(一般名レムデシビル)と、新型インフルエンザに対し承認されている富士フイルム富山化学(東京都)の「アビガン」。遺伝情報の複製という根幹の仕組みはウイルス間で違いがほとんどなく、他のウイルスを狙う薬でも効果が見込めるというわけだ。

 ベクルリーは新型コロナ治療薬として米国で使用許可が出た後、国内でも5月に承認された。アビガンも有効性を調べる治験が続いている。

 次にターゲットになるプロセスが、ウイルスの組み立てだ。

 RNAの遺伝情報にもとづいて合成されたたんぱく質を組み立てることでウイルスができる。HIV(エイズウイルス)の薬「カレトラ」は、組み立て工程をブロックする。だが、新型コロナウイルスに対する治療成績では、飲んだグループと飲まなかったグループに有効な差がなかったとする報告もあり、現実の治療効果が必ずしもあるとは限らない。

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 重症患者への効果が期待される薬もある。

 ウイルスに感染すると、細胞はさまざまな物質を放出し、免疫細胞を活性化させる。だが、物質の量が過剰になると免疫が暴走し、体にダメージを与えてしまう。

 新型コロナウイルスでもこうした現象が重症化に関わっていると考えられている。大阪大や中外製薬(東京都)が開発したリウマチ薬「アクテムラ」は、過剰に放出された炎症物質の働きを抑える作用がある。

 一方、先に流行した中国での使用例などから、当初、国内の新型コロナウイルス患者にタミフルやラピアクタ、ゾフルーザなどのインフルエンザ薬も使われた。日本感染症学会のウェブサイトには、症状が良くなったとする症例報告もある。だが、同学会が医療者向けに紹介している「薬物治療の考え方」にはいずれも載っていない。

 インフルエンザ薬に詳しい渡辺彰・東北文化学園大特任教授によると、タミフルやラピアクタはインフルエンザウイルスが細胞の中から外に出るのに必要な酵素の働きを抑える。コロナウイルスはこの酵素を持たず、「理屈上は効かない」と説明する。ゾフルーザはRNA複製の初期の反応を阻害する。アビガンと似ているが、インフルエンザウイルス特有の構造を狙い撃ちしている。ゾフルーザを製造販売する塩野義製薬大阪市)の担当者は「新型コロナへの効果は期待できない」と話す。

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 試験管レベルの実験で新型コロナウイルスへの効果が確かめられ、実際に患者に効果があるかを調べている薬もある。

 ぜんそくに使う吸入ステロイド薬の「オルベスコ」は本来、免疫を抑えて症状を安定させる。病原体に感染しやすくなるため、感染症患者への使用は要注意とされる。国立感染症研究所(東京都)などの研究で、新型コロナウイルスを減らす効果が確認された。愛知医科大の森島恒雄客員教授は「免疫に働くのとは別に、直接的な抗ウイルス効果がある」と説明する。

 国内で3月、オルベスコを吸入した患者の症状が改善した報告があり、日本感染症学会などが効果の検証を進めている。

 このほか、寄生虫薬「イベルメクチン」や、マラリア薬「クロロキン」と類似の自己免疫疾患治療薬「ヒドロキシクロロキン」にもウイルスを減少させる効果が報告されている。一方、患者にこれらの薬を使用した効果を検証した海外の論文や報告は、データに疑義があり撤回となるなど混乱が起きている。

 薬の情報発信をしているNPO法人医薬ビジランスセンターの浜六郎理事長は「回復し始めたタイミングで投与され、『効いた』ようにみえるケースもある。現状で有効な薬はまだないといえる」と指摘している。野中良祐

 <ACE2との結合防げ> ウイルスが細胞表面のたんぱく質「ACE2」と結合するのを妨げることができれば、侵入を防げる。海外の実験では結合を妨げ、侵入を抑えたという報告もある。国内でも、秋田大などの研究チームが侵入を妨げる働きをする土壌微生物由来のたんぱく質を発見し、研究を進めている。

 <訂正して、おわびします>

 ▼6月29日付科学の扉面「コロナ治療に既存薬?」の記事で、「中外製薬(大阪市)」とあるのは「中外製薬(東京都)」の誤りでした。

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