英雄か、人種差別の象徴か 警察暴力が端緒、歴史にも批判=訂正・おわびあり
米国で白人警官に首を圧迫された黒人男性ジョージ・フロイドさんが死亡した事件の波紋が広がり続けている。欧州でも、警察の暴力が次々と告発され、デモが拡大。「白人中心史観」の歴史にも矛先が向けられ、欧米各地で奴隷制度などに関係した「偉人」像の撤去や地名の見直しにも発展している。▼2面=いちからわかる!
■ベルギー元国王像破壊
ベルギーでは、旧植民地コンゴ(現コンゴ民主共和国)に対する圧政の象徴だとして、各地にある国王レオポルド2世の像が破壊行為の対象となっている。コンゴは1885年から20年余り、同国王の私的領地として支配され、1千万人が命を落としたとも指摘される。ブリュッセルにある騎馬像は、手や顔が赤く染められた。台座には抗議行動のスローガン「BLM」(黒人の命も大切だ)などの文字が書かれた。
英国西部ブリストルでは、人種差別に抗議するデモ隊が7日、奴隷商人エドワード・コルストンの像を引き倒し、港に投棄した。17世紀にアフリカから約8万人の黒人をアメリカ大陸に送る奴隷貿易で財をなし、遺産を寄付して市の発展に貢献したとされる人物だ。像は市当局によって引き揚げられ、今後は博物館に展示されるという。
南部プールでは、人種差別主義者だったとの指摘があるスカウト運動創始者ロバート・ベーデンパウエルの像について、地元自治体が一時撤去を決めた。「攻撃対象になる可能性がある」と警察から助言を受けたためだ。
ロンドンではカーン市長が奴隷商人に関連した像や地名を見直し、撤去や変更を進める考えを表明している。
ビートルズの地元リバプールもあおりを受け、同バンドの曲名にもなった通り「ペニー・レイン」の行方が注目されている。18世紀の奴隷船オーナー、ジェームズ・ペニーにちなんで名付けられたとの指摘もあるためだ。ただ、アンダーソン市長は9日、ツイッターに「近くの橋の通行料が名前の由来だ」と投稿し、沈静化を図っている。(青田秀樹、ロンドン=下司佳代子)
■米基地名に南部連合の将軍「変更を」
「我々を奴隷にしたことを誇る名前が米軍基地に残る限り、この国の一員だと心から感じるのは難しい」
米ニューヨーク市のトンプソン副市長は11日、こう語った。先祖は、南北戦争で南部連合を指揮したロバート・リー将軍の農園で奴隷として働かされた。
米国内には南部連合の将軍の名前にちなむ米軍基地が複数あり、抗議デモを受けて、「見直すべきだ」との意見が出ている。トランプ大統領は10日、「基地名の変更を検討すらしない。世界で最も偉大な国の歴史を改ざんさせてはならない」と反対を表明したが、抗議の勢いは与党・共和党にも伝わっている。同党が多数を占める上院の軍事委員会は同日、基地の改名などを盛り込んだ修正案を賛成多数で可決した。米軍内でも、南軍旗の掲示を禁じる動きが出ている。
奴隷制を守るため、米国から離脱した南部連合は「反逆者」だが、南部では「州の権利を守るために戦った英雄」ともされ、各地に将軍らの記念像がある。ヘイトクライムを監視する南部貧困法律センターによると、南部連合を記念する銅像や名称などは少なくとも1747件残っているという。ただ、今回の事件を機に、「人種差別」の側面が注目され、像の撤去も進む。
バージニア州リッチモンドでは10日夜、南部連合大統領だったジェファーソン・デービスの像が倒された。ストーニー市長は11日、「デービスは差別主義者で裏切り者だった。台座の上に立つ資格はなかった」と歓迎するツイートをした。市内にはリー将軍の大きな像もあるが、ノーサム州知事は「南部連合が邪悪な奴隷制のためではなく、州の権利のために戦ったという誤った歴史解釈を取らない」として、像を撤去する考えを示している。
反発の対象は、南部連合幹部だけでない。15世紀末に大西洋を越えて米州に到着したコロンブスの像も撤去や破壊が相次ぐ。「新大陸発見」の英雄とされてきたが、近年は先住民の権利を侵害した、との批判が強まっていた。(ワシントン=渡辺丘、ニューヨーク=鵜飼啓)
■欧州も抗議、仏では14歳骨折
欧州では、米国の事件が「対岸の火事」ではないことがデモ拡大の原動力になっている。大規模デモが続くフランスで警察による暴力の象徴の一つになっているのが、パリ郊外で先月に起きた事件だ。
被害を訴えているのはセルビア系のガブリエル・ジョルジュビックさん(14)。ガブリエルさんの弁護士ステファン・ガスさんによると、5月下旬の夜、ガブリエルさんはスクーターを盗もうとしていたところを警察官4人に捕まった。路上にうつぶせになって手錠をされたところを、顔面や後頭部を複数回蹴り上げられたという。
連行された警察署では、目まいがして嘔吐(おうと)。顔を手でぬぐうと血で真っ赤になった。暴行した警察官は病院に運ぼうと消防士を呼んだものの、駆けつけた消防士に警察官は「彼が一人で転んだ」と説明したという。ガブリエルさんは歯が4本折れ、左目付近を骨折。視界は今もぼやけているという。ガブリエルさんの事件は地元メディアで取り上げられ、SNSで瞬く間に広まった。
ガスさんは「警察官の暴力が表に出てくるのは、被害者が死亡するか重傷を負うか、あるいは様子を撮影した動画があったときだけだ。警察官は複数で行動するため、警察側の証言が一致していれば証拠不足として裁かれることはほとんどない」と話す。
一方、政府は8日の会見で、事件について「困惑している。しっかり解明する」と釈明。警察の監察部門が捜査を始めている。
デモはフランスだけでなく、欧州各国で続く。ドイツでは人種差別に反対する抗議活動が、ベルリンなどで1万数千人規模に膨らんだ。内務省の報道担当者は12日の記者会見で、警察官による人種差別の事例を認めたうえで、調査する考えを示した。(パリ=疋田多揚、ベルリン=野島淳)
<訂正して、おわびします>
▼13日付国際面「英雄か 人種差別の象徴か」の記事で、奴隷船オーナーの名前として「ジェームズ・レイン」とあるのは「ジェームズ・ペニー」の誤りでした…