(社説)阪神支局襲撃 集えぬ春 それでも語る

社説

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 思うように人に会えない。外出もはばかられる。ゆっくり語り合うことができない――。

 戦後の日本社会が初めて経験する異様な状況のなかで、あす憲法記念日を迎える。

 33年前のこの日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局を散弾銃を持った目出し帽の男が襲い、記者2人が殺傷された。

 個人の尊重をうたい、基本的人権を保障する憲法を真っ向から否定する凶行だった。

 29歳で亡くなった小尻知博記者は生前、好きな演劇に関する記事をたくさん書いていた。取材を受けた劇団員や市民団体のメンバーは、事件後、毎年5月3日に小尻記者の担当地域だった阪神尼崎駅前に集まり、「青空表現市」を開いてきた。

 思想の自由、集会・言論の自由表現の自由……。社会を成り立たせているそうした価値をずっと守っていこうという思いを胸に、寸劇や歌、踊りなどを披露し、祈り、悼む場だった。

 その企画もコロナ禍の影響で今年はとりやめになる。「残念です。黙ることなく声を上げ続けてきたので」。主催メンバーの一人でフリーの英語講師・松中みどりさんは悔しがる。

 朝日新聞労働組合が主催する「言論の自由を考える5・3集会」も中止が決まった。ただし問題意識を共有する機会までなくしてはならないと、パネリストとして登壇予定だった4人の事前インタビューを公式ツイッター(@asahi_roso53)で順次発信する。一堂に会することはできなくても、つながり合える新しいツールを使って活路を見いだしたい。

 襲撃事件関連だけではない。100年の節目を迎えたメーデーしかり、護憲・改憲の立場を問わず、憲法について考えを深めようという集会しかり。ともすれば面倒くささが先に立っていたマンションの管理組合や町内会の会合も、いざ開催が難しくなってみると、人々が寄り合い、意見を交わす営みのありがたさを改めて感じる。

 気になるのは、感染症への恐れからか、人々の内に疑心が宿り、互いの行動を監視し、ささいなことでも厳しくとがめる風潮が広がっていることだ。政権の姿勢を批判したり、施策に疑問を呈したりしようとすると、「この非常時になぜ足を引っ張るのか」と、逆に攻撃される。そんな嫌な空気も漂う。

 「自粛」が「萎縮」となり、社会から寛容さと健全な批判精神が失われてしまえば、事態が収束しても明るい未来はない。

 パソコンやスマホを介して、あるいは適切な距離を保ちつつマスク越しに、思ったことを語り考えを言い合う。その大切さを確かめる5月3日としたい。

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