深夜の順位戦から始発の新幹線へ 棋士・高見泰地「倒れる前に」

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北野新太

 将棋の高見泰地七段(31)は1日、東京都渋谷区の将棋会館で指された第83期名人戦・B級1組順位戦3回戦で佐藤康光九段(54)との一局に臨んだ。2018年に叡王のタイトルを獲得した実力者は、朗らかなキャラクターで老若男女のファンから愛される存在でもある。今、変化を求めている理由について尋ねるロングインタビュー。

 想像を絶する酷暑を迎える予感の中、新しい8月が始まった。

 1日午前9時51分、高見泰地は東京・将棋会館「特別対局室」に入室する。

 盤の向こうに着座する佐藤康光に深々と礼をした後、滴る汗をぬぐう。

 しばらく黙想した後、盤上に視線を落とす。

 構えたカメラのファインダーからのぞく彼の眼光は鋭かった。

 また、あの目をしていると思った。

 以前は決して見せることのない目だった。

 午前10時、第83期B級1組順位戦3回戦が始まった。

 高見は初手を着手する。瞳が放つ光は鋭さを増した。

 昨年のいつごろからか、勝負の現場で高見が漂わせる空気は変わった。

 対局室で駒に触れる時、廊下で擦れ違う時、変化を肌で感じるようになった。

 2018年に24歳で叡王のタイトルを奪取した実力者は、番組司会や各イベントでのファンサービスなどで見せる無邪気なキャラクターでファンに愛されてきた棋士でもある。盤上を離れた時の横顔や性格は昔も今も変わらないが、棋士として勝負に臨む時に漂わせるものは明確に変化している。

 7月16日。

 大阪市の関西将棋会館で指されたB級1組順位戦2回戦。2週間前に決着した棋聖戦五番勝負で藤井聡太に挑戦したばかりの独創家・山崎隆之との一局に高見は完勝した。

 勝負は午前10時に始まり、持ち時間各6時間の耐久戦が行われ、終局したのは午後9時28分だった。感想戦を終えて宿泊先に戻った頃には深夜になっていたが、勝利の充足による深い眠りには落ちなかった。どこか覚醒した意識のまま午前5時前に起床し、始発の新幹線で帰京した。10時から研究会の予定を入れていたのだ。パートナーは永瀬拓矢だった。

 昨年の王座戦五番勝負で藤井と名勝負を繰り広げながらも失冠し、八冠独占を許したA級棋士は、9月に開幕する再戦の王座戦での挑戦権を得て雪辱戦に臨むことが決まっている。高見にとっては19年に叡王を奪われた相手でもある。

 月に一度、棋士が最もタフな一日を過ごす順位戦の翌朝、大阪から東京に移動する足取りのまま、再び強者との鍛錬の時間に突入するという行為には、ほとんど常軌を逸する何かがある。

 彼は勝とうとしているのだ。

 これまでにはない強度を持った決意で、勝つことを求めている。

 7月下旬、取材の時間をもらって開口一番に尋ねた。

 あなたはなぜ変わったのか。あるいは、なぜ変わろうとしたのか。

 「たしかに順位戦の翌朝に始…

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この記事を書いた人
北野新太
文化部|囲碁将棋担当
専門・関心分野
囲碁将棋

連載純情順位戦 ―将棋の棋士のものがたり―

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