第3回「安倍氏の呪縛から解き放たれた」側近議員 財政政策も徐々に変化

深流Ⅳ 安倍氏銃撃から2年

 安倍晋三元首相の死去から丸2年経った8日に行われた追悼は、自民党安倍派を中心とする保守系議員の一体感のなさを如実に表していた。

 山口県長門市の墓参には、福田達夫元総務会長ら安倍派の衆院当選1~4回生ら約20人が訪れた。安倍氏が銃撃された奈良市の現場には、裏金事件で離党した世耕弘成・前党参院幹事長率いる参院安倍派ら約30人と、高鳥修一衆院議員が代表世話人を務める「保守団結の会」のメンバーがそれぞれ別々に集まった。安倍派関係者はいう。「まるで『安倍さんに一番近いのは自分たち』と言わんばかりだ」

 同じ政治信条を持つ政治家は力を合わせることもあるが、似た立ち位置だからこそ、反目し合うことも多い。「一国一城の主(あるじ)」との思いが強いからだ。領袖(りょうしゅう)を失ってもなお「安倍派」を名乗り続けることで、辛うじて固まりを保ってきたが、今はバラバラだ。中堅議員は嘆く。「本来はしのぶはずの命日さえ派閥の主導権争いの舞台となっている。安倍氏はどう思うのか」

石破氏支援をほのめかす安倍派議員

 安倍氏は、小泉政権で官房副長官を務めていた際、北朝鮮の拉致問題をめぐるタカ派的言動で保守層の「スター」になった。第1次政権の失敗を経て、野党時代に自民党総裁に返り咲くと、国政選挙で連勝して、憲政史上最長の首相となることで党内外の保守層の「カリスマ」となった。

 だからこそ安倍氏の喪失は、党の外の保守層のまとまりをも失わせる。その象徴は、4月の衆院東京15区補選に候補を擁立した政治団体「日本保守党」だ。同団体の代表で、安倍氏と親交のあった作家の百田尚樹氏は街頭演説でこう言った。「40年以上、自民を応援してきた。自民が保守政党だったからだ。ところが、安倍氏が亡くなった後、自民は何かがおかしくなった」

 安倍氏を慕う保守層の言動をみれば、今なお安倍氏の存在は重い。一方、現実政治の場では、幻影が薄れつつあることも、また事実だ。第2次政権で要職を歴任し、「安倍側近」と呼ばれた複数の議員からは「もう安倍氏の呪縛から解き放たれた」との声が漏れる。9月の総裁選では安倍氏が宿敵とみなしてきた石破茂元幹事長への支援をほのめかす安倍派議員もいる。若手は「石破氏へのアレルギーはあるが、国民に人気があって、選挙に勝てる人を考えたら石破氏だ」と語る。

「安倍さんがいたらなぁ」

 安倍氏の呪縛からの解放は、政策面でも徐々に表れている。

 「総理があれだと、厳しいですね」

 6月7日、同僚議員と首相官邸を後にした自民党の中村裕之衆院議員は肩を落とした。

 積極財政派を自任する中村氏。この日は党財政政策検討本部(西田昌司本部長)の一員として、岸田文雄首相に提言を出した。近くまとめる「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に盛り込ませるためだ。

 政府が掲げる2025年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化に固執することに断固反対▽建設国債の発行を躊躇(ちゅうちょ)するな▽国債発行は借金ではない――。どれも安倍氏の「遺志」をつぐような内容だった。だが、首相の反応はにべもなかった。「財政の信認を損なわないように運営していく」

 結果的に積極派の主張は退けられた。同21日に閣議決定した骨太の方針には、PBについて「25年度の黒字化を目指す」と記された。「25年度」という年限が入るのは実に3年ぶりだ。同本部の幹部らは痛感した。「安倍さんがいたらなぁ」

 同本部で最高顧問を務めた安倍氏は、積極派の「支柱」だった。首相を退いた後も、「コロナ対策のために国債を発行しても、孫や子に借金を回しているわけではない」などと語り、ことあるごとに財政規律を重視する財務省をやり玉にあげた。

 21年10月に発足した岸田政権でも影響力を発揮。党の要職に側近を送り込み、萩生田光一氏が政調会長を務めた22年末には、政府は新型コロナや物価高対策をうたい29兆円規模という巨額の補正予算を編成。23年度も過去最大の114兆円の当初予算に加えて、13兆円もの補正を組んだ。

アベノミクスの象徴の終わり

 ところが、昨年末に発覚した裏金問題が安倍派を襲う。萩生田氏は政調会長を辞任し、影響力を失った。さらに積極派が主流だった安倍派も解散を表明した。

 新たに政調会長に就いた渡海紀三朗衆院議員は、党内融和を優先。骨太の議論では、財政政策をめぐっても「対立している場合ではない」「騒がないでくれ」と、積極派の議員たちを抑え込んだ。

 さらに、この間の金融市場の環境変化も積極派の勢いをそいだ。アベノミクスの象徴だった異次元の金融緩和が今年3月で終わり、「金利のある世界」が訪れた。

 日本のように政府の債務残高が多い状態で金利が上がれば、利払い費も高騰する。それを理由に市場で財政への信認が揺らげば、さらなる金利上昇を招くという負のスパイラルに陥りかねない。市場ではすでに金利が上昇局面に入っており、今後、国債の利払い費の増加も現実味を帯びる。

 安倍派の中堅議員は言う。「自らが関わる政策に予算はつけたい。だが自民党はリアリスト(現実主義者)の集団だ。『金利がある世界』で野放図に財政出動をしろとは言えなくなった」

 だが、財政再建を重視するそぶりを見せながらも、岸田政権は定額減税や、電気・ガス料金やガソリン代の補助と、ばらまき色の強い政策を続けている。アベノミクスの柱「機動的な財政出動」のくびきからは完全に逃れられてはいない。

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