宮城上空から見た震災からの「復興」 2011年と現在を写真で比較

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嶋田達也
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 東日本大震災の発生から2024年3月11日で13年。宮城県内の震災当時の写真と同じ場所を探し、朝日新聞社ヘリから空撮し、地上でも現地を訪れて撮影した。

東日本大震災で大きな被害が出た宮城県内。発生から13年を前に、当時と今を写真で比べました。岩手県と福島県の記事は下記のリンク先にあります。

 仙台市若林区の荒浜地区は震災前、海沿いの集落に約800世帯2200人が住んでいた。震災では高さ約10メートルの津波に襲われたとされる。

 震災直後の上空から写真を見ると、中央の貞山(ていざん)堀(貞山運河)を越えて津波が内陸部まで到達し、土台を残して住宅が流されている。

 写真の右端に見える荒浜小学校は海岸から約700メートル。震災当日は児童・教職員87人と住民233人が屋上に避難した。

 震災翌日の12日、荒浜小に取り残された人たちが消防団員の誘導で脱出した。この時の写真と同じ場所付近を訪ねると、校舎横にあった体育館はなくなっており(13年解体)、その手前には堤防の役割も果たす東部復興道路(かさ上げ道路)が19年に完成。風景が一変していた。同道路は津波に対する堤防の役割もある。

 他校の校舎を間借りしていた荒浜小は16年に閉校。17年からは震災遺構として公開が始まった。津波で流された住宅の基礎部分の一部も震災遺構として残されている。

記事の後半では女川町東松島市、石巻市、気仙沼市の当時と現在を比べています。

 女川町は震災で約15メートルの津波に襲われ、町民の約8%にあたる827人が亡くなった。

 11年3月24日に上空から…

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