第6回研究力復活、国は「選択と集中」の効果を検証せよ 茨城大学長が提案

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聞き手・桜井林太郎

 日本の研究力の復活には、地方大学の底上げが鍵を握る。限られた人員と予算の中、いかに特色ある研究分野を打ち出せるか。気候変動科学の研究を大きな柱に据える茨城大の太田寛行学長(69)に取り組みを聞いた。

――なぜ気候変動研究に力を入れているのですか?

 地域の大学はそれぞれ歴史がある。茨城大は1949年にできたが、その後まもなく水戸市から南にある、シジミで有名な涸沼(ひぬま)に研究室をつくった。そこから霞ケ浦で湖の研究をする施設へと発展するなど、茨城大の研究は環境科学から始まった。

 2006年にはサステナビリティ学を始め、気候変動による影響を軽減するための「適応」を科学する研究機関をつくり、持続可能性に向けた研究、教育をしてきた。国連の持続可能な開発目標(SDGs)が15年にできる前から取り組んできた。

 適応だけでなく、いかにCO2を減らすかの「緩和」との両輪で研究を展開し、大学として特化し新たな芽を育てていく。

 昨年4月から、大気中のCO2から燃料をつくり、それをまた利用してCO2の増加を抑えるカーボンリサイクルの研究センターを日立キャンパスにつくった。研究用のプラントを実装し、世界的にも早く新しい仕組みを提案したい。環境研究のストーリーを積み重ね、茨城大の歴史をつくっていく。

 ――気候変動は国際的な社会課題です。

 我々の地域だけでなく海外展開しようと、インドネシアとベトナムとの連携を考えている。インドネシアの現地の2大学とは20年近く前から教育研究の交流をしていて、気候変動の研究も一緒にできないかとネットワークづくりを昨年から始めた。海外との連携を我々も強みとしたい。

 一方、茨城県東海村は日本で最初に原子力の火がともった場所で、この春から独自の研究センターを立ち上げる。量子ビームを利用した物質の構造解析や、放射線と生命の環境の関係を解明していく。

 例えば、東京電力福島第一原発の処理水問題があるが、処理水中でトリチウムがいかに魚の体内に入ってくるかをモニタリングして迅速に検出できるシステムを開発しており、安全・安心の研究を進める。東海村には国のいろんな研究施設があるので、連携していく。

 研究としてはこの二つがメインの柱になる。気候変動に関しては、学部単位ではなく全学的な研究機関をつくり一体的に取り組んでいる。

気候変動研究に特化、国の支援は?

 ――気候変動の研究を軸に、国が創設した「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(通称J-PEAKS)」に応募したが、初年度は採択されませんでした。来年度も応募しますか?

 どんどんトライする。それと同時に、気候変動科学の研究は茨城大の使命だと考えているので、国の支援のあるなしに関係なく進める。

 気候変動の問題は、東南アジアがこれから一番大変になる。世界のために注力したい。

 ――この事業では、最大25件程度が採択される予定で、残る席は13しかありません。

 来年度も採択されなければ、研究の規模は小さくなるかもしれないが、取り組むことに変わりはない。

 事業の採択数は国が予算の中で決めていくことなので、こちらとして言うことはない。ただ、どういう戦略を持って国は研究力の底上げを図ろうとしているのか。何年後かに評価して至らなかったときにだれが責任をとるのか、そこまでの覚悟を決めてやっているのだろうか。

 日本全体として研究力はどれだけ伸びているのか、どういう分野で成果を出しているのか、これまでの政策効果を国自身が評価すべきだ。それが国の責任だと思う。

 大学は国に求められて大学運営の質を評価し、保証するためのシステムをつくってきただけに、そう思う。

 ――大学の研究予算をめぐる環境はどうなっていますか。

 大学の収入の多くを占める国立大学運営費交付金が増えるという状況はない。運営費交付金には、人件費や光熱費などの基盤的な部分と、各大学の強み・特色を評価し配分される「ミッション実現戦略」の部分、全国共通の指標で競争させて分配する部分の三つがある。基盤的な部分は大学ごとに係数をかけて毎年減らされ、国はその分を「ミッション戦略」の方に回しており、大学同士が取り合うことに注力している状況だ。

「基盤」の予算は年数千万円ずつ減

 ――具体的に茨城大ではいかがですか?

 茨城大学は収入の半分以上を運営費交付金に依存している。係数をかけて毎年減らされている分は、毎年数千万円という規模になる。

 基盤で減った分はミッション戦略などをなんとか取って埋め合わせをしているが、永続的な予算ではないので、安定的な運営が難しい。

 人件費を減らしていくことを考えざるを得ない。もともと各学部に教員の削減をお願いし、人件費を減らして研究にお金をもっと回そうと考えていたが、それも困難になってきている。どうなるんだと常に不安がある。

 ――研究者が減ってどんな影響が出ましたか。

 教員が減った結果、1人当たりの研究時間の減少につながった。個々の研究者も科研費(科学研究費補助金)の申請手続きの書類作成などが増え、課せられたことをどうやって克服していくかが仕事になった。

 人間がトータルとして生きている時間は増えないから、一生懸命に対応した分、研究時間をさらに削ることになった。

 ――仕事の優先順位が変わってしまったと。

 やはりよい研究とか、オリジナル性の高い研究は、研究者にある程度余裕がないとできない。国立大学が法人化される前は、大学はのほほんとしていたかもしれないが、自分たちの研究にしっかりと取り組めた。

 そこに成果主義というか、短い期間で論文どれだけ出したとかそういう指標が入ってきて、競争的な環境にはなったが、長い目でみたときに、本当に日本の研究力が伸びたのだろうか。

 研究力がお金の話から始まるというのはおかしな話。目的はそこではない。どういう世界にしたいのか、どういうふうに科学を伸ばしたいのかという議論が大事だと思う。

■研究わかる官僚が……

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この記事を書いた人
桜井林太郎
くらし科学医療部
専門・関心分野
環境・エネルギー、先端技術、医療、科学技術政策