福島県三春町在住の玄侑宗久さんが、短編小説集「桃太郎のユーウツ」(朝日新聞出版)を出した。相次ぐ自然災害や終わらない戦争、見通せない原発事故からの復興。これらの災厄で憂鬱(ゆううつ)を募らせる現代人。その心の深奥を凝視し続ける僧侶作家が編み出した寓話(ぐうわ)は、日本中を震撼(しんかん)させた、あの大事件をも予見していた。(聞き手・斎藤徹)

時代ごとに異なる「桃太郎」

 ――表題作「桃太郎のユーウツ」は2016年に文芸誌「文学界」に発表された作品です。福島の被災地で除染作業員として働く桃太郎が主人公ですね。

 高校生の時、私は友人とひそかに「桃太郎研究会」なる同好会を立ち上げました。桃太郎とは何者か、桃太郎に成敗される「鬼」とは何なのか。江戸、明治、昭和、各時代に出版された童話「桃太郎」を読み比べ、変遷するキャラクターやストーリーについて議論していました。

 作品では、時代ごとに桃太郎が登場します。それぞれ血縁でつながった一族ではなく、チベット仏教のダライ・ラマのように、過去の記憶は継承しながら別の場所に転生する「システム」としています。たとえば、昭和前期に出現した桃太郎は「鬼畜米英」に突っ込む特攻隊員というふうに。

 ただ、どの時代であっても、時の政権が下す「鬼を征伐せよ」という指令は、必ず実行しなければならない。その指令がどんなもので、いつ下されるか、成敗する鬼は誰なのか、知らされるまでの時間は憂鬱(ゆううつ)の極みでしょうね。

記事後半では、最新作「桃太郎のユーウツ」執筆の背景事情や、「憂鬱な時代を生きる現代人は幸福をつかめるのか」という命題に対する禅僧・玄侑宗久さんの回答が語られます。

 ――作中の桃太郎は、最後に悩…

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